自治体の入札資格に上記取得が義務付けされました!!

この度「ASP・SaaS安全・信頼性に係わる情報開示認定」の取得が、自治体(都道府県・市町村・特別区)や各種公共団体の入札資格に義務付けられました。今後のクラウド事業者選定の基準になります。
各種第三者認証も取得しております。
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会長の一言




「初心忘れず」という大切さ
2019/09/19 20:05
初心を忘れない、ということは本当に大切なことです。
これは、ある歌い手の方から聞いた話です。最初は歌が自由に歌えればうれしい、少しでもお客様に聴いていただければうれしい、その上、少しでもお金をいただけるのなら最高、、と思っていた。
が、いつのまにかその「初心」は単なる文字列になってしまい、心の中には全く無くなってしまう人が多いとのことでした。。。

量子インターネット
2019/09/12 12:25
ご存じのようにインターネットはビット単位(0か1)でデータを伝送しています。
しかし、量子インターネットの世界では、Qubit(量子ビット※)と呼ばれる単位で伝送します。
※量子ビットでは、0と1に”重ね合わせの原理”が働き、それぞれの0と1が(同時に)さらに0と1のどちらの状態も保つ、非常に特殊な状態が確立されます。
つまり、超リッチなサブコンポーネントを持つ量子ビットにより、今までよりも強力な演算を軽くこなすと期待されているようです。

少し前の情報になりますが、僕の知り合いの先生も「量子インターネットの基本的な伝送速度-伝送損失トレードオフ」について研究しています。

http://www.brl.ntt.co.jp/J/activities/file/report16/report21J.html


週末映画より「オーケストラ」
2019/09/11 21:50

この内容も、飯田の「週末映画 https://itec.ad.jp/itec/eiga/」からの引用です。

オーケストラ(Le Concert)
日本公開2010年4月17日(監:ラデュ・ミヘイレアニュ 主:アレクセイ・グシュコブ メラニー・ロラン フランソワ・ベルレアン ミュウ=ミュ ウドミトリー・ナザロフ ヴァレリー・バリノフ アンナ・カメンコヴァ リオネル・アベランスキ アレクサンドル・コミサロフ ラムジー・ベディア)

ある実話が元になり構成された脚本。前半は少しだけ我慢して観たほうがよいが、それを差し引いても後半はあまりにも素晴らしかった。(コメディタッチにしている部分もあるが、個人的には不要かと、、)
ブレジネフ政権、社会主義リアリズム、ユダヤ人ロマ人の排斥、かばったロシア人までもが弾圧、KGB、共産党復権……その国にはユダヤ人、時として芸術家をも排除してきた隠れた歴史があったようだ。
天才指揮者は何故そのバイオリニストとの共演を強く願ったのか、……歴史の悲劇が語られる背景と描写力には心のすべてを持ってゆかれた。
ラデュ・ミヘイレアニュ監督自身も、80年に共産党政権下のルーマニアから亡命したユダヤ系、そのためそれらに対する強いアンチテーゼも色濃く表現されていた。
他にもチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲を使った映画はあったが、ここまであの哀切極まりないメロディを昇華させたものはなかった。逆に他の映画ではこの音楽を使ってほしくないほど、、←これはあまりにも勝手過ぎ(笑)それにしても「サラ・ネムタヌ(Sarah Nemtanu)」の演奏はたまらない。
https://www.youtube.com/watch?v=jyxtWUsvBBM

この映画のクライマックスは言うまでもなく素晴らしのだが、自分的に非常に惹かれたシーンがあった。それは映画中盤の軽いリハーサルの部分で、ロマ人男性(実際のロマ人バイオリニスト)が、まずはジプシー音楽を奏で、その後に「パガニーニ・カプリース・24」のフレーズを美しい倍音を交え演奏した。すると最初バカにしていたソリストの女性の顔が突然変わり「倍音のアルペジオとその指使い今まで見た事もない、どこの学校で勉強たの?」と聞く、すると彼は「なに聞いてんだ?この女は??」という顔をします。そうです彼は勉強したことも学校に行ったこともないんですね。ロマ人(ジプシー)楽師の音楽は、代々、音だけで伝承され続けているためです。楽譜を持たないロマ人の超技巧表現には本当に驚かされるシーンでした。
https://www.youtube.com/watch?v=UItE_ITjHtM

ちなみにジプシー(ジプシーは差別用語で現在はロマという)とは、インド北部から流浪の民として西暦数百年ころからヨーロッパ各地に流れていった民族。当初インドにはドラヴィダ人という旧モンゴロイド系で色が黒く体も大きくない人種が全域に住んでいて(現在は南部に多い)、あのインダス文明を作り上げた民族らしい。しかし、後から入ってくるアーリア系の強い人種に階層を下位にされ虐げられたらしい。彼らは強い差別から同地区に住んでおられず、旅芸人、楽器使い、うた歌い、民族舞踊、鍛冶屋、動物使い、などをしながら他地区に逃げ、流浪の民になっていったようだ。放浪先でも差別はひどくロマ人を殺害しても罪にならない国もあったほど。その後ナチもロマ人をユダヤ人と同じように強烈に迫害し結果集団殺害することになる。
東ヨーロッパにはトルコ経由でバルカン半島から広まり、スペインには北アフリカ経由でアンダルシアを入り口にイベリア半島へ。そして数々の音楽にも大きな影響を与えたようだ。東ヨーロッパの哀愁漂う民族音楽、中東のベリー、スペインのフラメンコ、ポルトガルのファド、その上スウィングにも影響を与えたようだ。またクラシックでもビゼーのカルメン、ブラームスのハンガリー舞曲、サラサーテのツィゴイネルワイゼン、モンティのチャールダーシュ、ラヴェルのツィガーヌ、リストのハンガリー狂詩曲、バルトークのラプソディー、ゾルターンのガラーンタ舞曲、シューマンの流浪の民、ジプシー女性の煽情的な魅力に取り憑かれた男性の苦悩を歌った黒い瞳、等々、ロマに影響を受けた音楽は枚挙にいとまがない。
ロマ人の特徴として、全ての財産は共用物という考えがベースにあり、今でも現金収入が多くなった人は、都度多くの人達に食事を分け与えることがよく見られる。また、いくら差別されてもその仕返しをしない民族という独特の側面があるようだ。
日本では古澤巌という天才バイオリニストが、ロマ人の演奏を聴いて、しばらくバイオリンを触ることすらできないほどの衝撃を受けたらしい。が、その想いは日々募るばかりで、結局ロマ人の放浪の旅に同行することになる。そこで分かったこととして、彼らの根底にある流浪の民としての民族性や差別のルーツは、日本人の自分には、あまりにも深すぎた、、とあるドキュメンタリーで言っていた。

お墓詣り
2019/08/17 14:33
先日、父母(実・養)達が眠るお寺にお墓詣りに行ってきました。


週末映画より「シャドー・メーカーズ」
2019/08/06 21:00

この内容も、飯田の「週末映画 https://itec.ad.jp/itec/eiga/」からの引用です。

【シャドー・メーカーズ(Fat man & Little boy)】
米公開1989年10月20日(日本未公開)(監:ローランド・ジョフィ 主:ポール・ニューマン ドワイト・シュルツ ジョン・キューザック ボニー・ベデリア ローラ・ダーン ロン・フレイジャー)

日本未公開だっただけに、こんな映画があったことすら知らなかった。
ドイツの原爆開発に負けじと、且つドイツを降伏させるために米国が作った原爆だが、ドイツは原爆を開発しておらず、またあっさり降伏してしまい利用する必要がなくなった。
最後に残った日本も、すでにいつ降伏してもおかしくない状態だった。しかし、多くの科学者達が投下を反対するなか、大きな予算をかけたこの原爆をどうしても使いたい役人や軍人がいた。オッペンハイマーも最終的にマンハッタン計画の責任者グローヴスに同意を仕向けられ「Go」を決めた。
その辺の心理的な葛藤や実験の臨場感が、みごとに表現された映画だった。
https://www.youtube.com/watch?v=AQ0P7R9CfCY

【以下は、この映画の周辺情報】
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1945(昭和20)年7月末、日本の無条件降伏を促す連合国軍は「ポツダム宣言」を発表したが、日本では「帝国政府はポツダム宣言を黙殺する」と伝えた。「黙殺する」の真意は「当面据え置く」だったらしいが、そのあいまいな解釈は「拒否する」と誤訳され、結果的にヒロシマ・ナガサキに原爆は落とされた。

その後、ポツダム宣言の説明文(バーンズ回答)内の「subject to」の解釈を、戦争を続けたい軍部は「従属する」とし到底受け入れらないと騒いだが、戦争を終わらせたい外務省は「制限の下に置かれる」と強制的に意訳し、ポツダム宣言を受諾し終戦となった。

マンハッタン計画には参画していないが、かつてアインシュタインは「Einstein-Szilard letter」でルーズベルトに対し、ウランによる連鎖反応は強力な爆弾※となりうること、ナチスが核エネルギー開発に着手している可能性があること、それぞれを手紙で示唆した。自分たちユダヤ人を迫害した祖国ドイツへの恨みもあったらしい。その手紙の情報が発端となり、シラード達が米国政府から多くの資金援助を受け、ロスアラモス研究所を中心としたマンハッタン計画が始まり本格的な原子爆弾開発につながっていった。
アインシュタインは晩年この手紙に署名したことを後悔し続けた。そして中間子論の湯川秀樹の手を取り「そもそも自分がE=mc2という公式を発表しなければ、あなたの国、広島長崎の悲劇はなかった」と泣きながら謝ったというエピソードを思い出した。

※ドイツ人のO.ハーンと F.シュトラスマンが核分裂を発見。
原子核に中性子をぶつけると2つに分裂し、分裂した原子核は両方ともプラス電荷のためものすごい勢いで遠ざかる。そこに巨大なエネルギーが発生する。これを核分裂といい、この核分裂を連鎖的に発生させ核爆弾が作られる。
無からエネルギーを生む発想や、核爆弾のエネルギー計算のためにアインシュタインの「E=mc2」は必須だった。
開発責任者はオッペンハイマーで、設計はノイマン、他にも大変優秀な科学者が数多く参加し、当時のお金で約20億ドルが使われていた。
結果的にドイツが核爆弾を開発していないと分かった時点で、開発を止めようと進言した科学者が多くあったようだ。しかし、それを無理にでも押進めたのは、あまりにも大きなプロジェクトを無駄に出来ないと思った上層部の力だったのかもしれない。
事実、トリニティ実験(1945年7月16日に行われた最初の核実験)が成功した時、多くの科学者たちは喜ぶどころか一言も声を発せず、うなだれていたと、あるドキュメンタリーで見て驚いた。
その後、ソ連でも核実験、原子爆弾開発が成功した。オッペンハイマーは、ソ連のスパイという濡れ衣を着せられアメリカを追われることになる。
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夫婦間で絶対に言っていけないこととは。
2019/08/01 20:35
それは、「相手家族(配偶者の両親や兄弟)の悪口」らしいです。
事実か事実でないかではなく、とにかく言わないことが最低限守るべきのマナーとのことでした。
特に、夫婦喧嘩の時でさえ言わないようにしている人が多かったことに驚きました。
(ちなみに僕も絶対に言わないようにしています)
これらは、熟年夫婦の方々へのアンケートの結果だったのですが、残念ながらこの情報ソース(URL)が見つからないのです。確かフランスでも同じような結果が出たようで、万国共通のマナーなのかもしれないです。

◆「WebAssembly」ならブラウザで高速にCもRustもGoも動く
2019/07/24 12:42
「WebAssembly」話題ですね。面白い記事を見つけました。

https://news.mynavi.jp/article/programinglanguageoftheworld-20/

白いカーネーション
2019/07/11 21:28

僕にはカーネーションの思い出があります。

小学校で母の日に、お母さんにカーネーションを贈りましょう、という行事があり、クラス全員に「お母さんありがとう」と札のついた赤いカーネーションが配られました。僕が小学校2年の時です。

全員に配られた時点で先生が「そうだ」と言って僕を呼びました。すると小さな声で「あなたは白いカーネーションね」と言って、すでに配られた赤いカーネーションを白いカーネーションに交換しました。僕が「なんで?」と聞くと「あなたにはお母さんがいないからね、いない人は白いカーネーションなのよ」と言いました。
その時、少し嫌な気分になった記憶がありますが、それ以上に「確かに僕のお母さんは僕が小学校1年の時に死んでしまったから仕方ないなぁ、、」と子供ながらに納得した記憶もあります。
白いカーネーションが僕一人だったので、友達は少し不思議な顔をしていましたが、その後みんながすごく親切にしてれたことを本当によく覚えています。
白いカーネーションを付けてから1つ上で体の大きい先輩が僕を見るといつも「かあちゃん死んでいないんだーっ」といって僕のことを蹴ってきました。そんな時にも友達はみんなで僕をかばってくれました。その時の友達とは今でも交流があり、本当に大切な人たちです。

僕が小学校4年になった時に、新しい母が来てくれました。
正直に言うと最初、新しい母とはうまくいっていませんでした。一緒にいるのがとても嫌だったことを思い出します。
父は仕事で遅いこともあったし、姉はすでに家にはいなかったので、母と二人のこともよくありました。僕が新しい母のことを睨んでいたこともよくあったようです。母は本当に辛かったと思います。

しかし、とてもうれしかったことがあります。それは他の人と同じく「おかあさん」と呼べる人が出来たことです。それにより1つ上の先輩も何も言わなくなりましたが、それ以上に、誰かに、お母さんはどんな人?何歳?と聞かれても、今までのように「死んじゃっていないの」と言わなくてよくなったからです。子供ながらにそれを言うことがとてもとても嫌だったのです。

そんなことがありながらも、新しい母は僕を愛そうとしてくれ、だんだんとその距離は近づいてゆきました。母には結局、実の子供は出来ませんでしたが、本当に愛してくれました。僕も母にはとても感謝しています。
母は87歳まで生き、最後はよぼよぼになってしまいましたが、晩年は「いい夫と子供に恵まれて幸せだった。いい人生だったよ、、私はいつ死んでもいいの、、」と毎日のように言っていました。そして3年前、静かに眠るように旅立ってゆきました。

今でもカーネーションを見るとその頃のことを思い出します。


義務と権利
2019/06/29 17:01
最近、義務と権利の問題がいろいろな会社で話題になっていますね。(K社やA社、他、、)
与えられた権利は当然主張すべきです。またそれと並行して義務は遂行しなければならないですね。
さて、この2つではどちらを優先すべきなのだろうか?

甥っ子の子
2019/04/16 16:52
甥っ子の子(姉の孫)が産まれました。


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