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■■■出アフリカからウクライナ侵攻までの歴史(日本・中国・中東・米大陸・欧州)の個人的な備忘録■■■

「はじめに」
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お願いが2つ
どうか、この「はじめに」だけでもお読みいただけませんでしょうか(映画のタイトルまでです)。内容に間違いがありましたらご指摘いただけましたら幸いです。

また、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド人の容姿を想像してみていただけませんでしょうか。
この4国の共通点は、いずれも白人国家であり、さらにいろいろ問題をかかえた5アイズの中の4国でもあります。
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上記の4国に関連して、以下のイラストを引用してみました。このイラストは、「出アフリカ」以降、最終的に落ち着いた人種の分布を表したものです。黄色のモンゴロイドがとても多く、ブルーのオーストラリアロイド、茶色のネグロイドも少なくありません。
ピンクが後に世界の枠組みを覆したコーカソイドで、近年、北・南米両大陸、豪州近隣の先住民を虐殺しコーカソイドメインの国に変えました。結果として今で言うファイブアイズの5国のうち4国(アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの白人国家)はすべて、人種が入れ替わったわってしまったわけです。



実は以前、歴史に詳しい僕の友人(モンゴロイド系先住民で、コーカソイドの血も一部に持つブラジル人)に上記に関する質問をしたところ以下のメッセージが届きました。その内容の一部です。
あくまでも彼の意見ですが、落合一泰氏(一橋大学名誉教授)の著書にもほぼ同じようなことが書かれていました。

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「ある時、生まれて初めて見た鼻の高い顔の男達が、宗教を変えろと詰め寄って来た。人が作った神なんて知らない先住民は意味が分からず当然 嫌がった。とたんスゴイ形相で怒り出した そして殺されたものも多くいた。今度は生き残った先住民に対して金銀を掘り出してこいと命令してきた。採掘量が少ないと また怒り出し腕を切り落とされた者もいた。怖くてみんな必死に掘り出し男達に渡した。すると男達は大喜びし 酒を飲み、さらには母親や娘たちを犯し続けた。
昨日まであんなに楽しい生活をしていたのに、いつも震え怯える日ばかりになった。殺されないためにはどうしたらよいか考える日ばかりになった。こんなことが大陸全体で次々に起こり、殺された人達は合計5600万人にもなった。

しばらくすると男達はその土地や豊富な資源は元々自分達のものだったと言い出した。奪った国でそれぞれ家族を作り、我が祖国として強い愛国心を持って代々生活するようになっていった。数万年続いた人種が、ここ2~3百年ですっかり入れ替わってしまった。

時は過ぎた。今度は太古からあったジャングルを次々に伐採し出した。きっかけは世界最大の鉄鋼山が見付かったから。世界中から目の色を変えて人々が集まってきた。当然、広範囲の伐採により自然の循環は狂い出した。そして大災害が起きた。ついには地球温暖化という大問題が地球全体に降りかかってきた。これは虐殺され続けた先住民の怨念以外のなにものでもない」
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彼としては自分にもコーカソイドの血が一部入っているので複雑だとは言ってました。
自分はこの悲劇を聞いて過去の歴史上の事実として考えていました。しかし勉強不足でした。実は今だに欧米資本の違法業者による森林伐採、牧場建設、金の採掘(水銀汚染も含め)、放火、レイプ、殺害が続いていることを知りました。毎年長野県分の森林がなくなっており、放火は同時に1500件以上、年間で10万件が行われているようです。それを裁かない国の責任は大きいと彼は訴えていました。

このメッセージを見て僕は映画のことを考えました。映画は、通常、人の心情・事象・歴史等、様々な題材から描くことが多い訳です。そのため、大きな歴史の動きがあった場合には、ほぼそれに関する映画を作ろうとする人々がるわけです。しかし、何故、南米や豪州の先住民族征服の映画が少ないのだろうか。大陸全体の人種がほぼ入れ替わってしまい、今世界中で困っている地球温暖化にも関係があるかもしれないのに。
さらに調べてゆくうちに、この数々の侵略のきっかけは、あの「レコンキスタ」に始まっていると。そして、日本はこのコーカソイドの蛮行を真似て、大陸への侵略を始めてしまい、それが結果的に人類初の原爆投下に繋がっているではないかと、、、それぞれ考えるようになりました。

そこで、出アフリカから現在までの歴史をおおざっぱにまとめてみようと思った次第です。

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アフリカを出た人類は数万年かけて移動し誰も人が住んでいなかった土地に棲みつきました。つまりそこに住む権利「自然権」を持っており、その地で自然に出来上がったルールに従い「自然法」「自然崇拝」を前提に生きていました。彼らには「自由」や「自然」という言葉がなかったのです。理由はどちらも当たり前の環境だったからです。

しかし、近年その土地(南北米大陸)に無関係の訪問者が、ある「欲」を持ってやってきました。それは「必要以上の欲」です。訪問者を喜ぶ住民達は自分たちの宝や普段食べられないような食べ物を提供しもてなしました。
ところが訪問者達は侵略者に豹変し、彼らから無理やり土地や資産(とてつもない量の銀等※)を奪い、住民達が知らなかった「人間が作った宗教」へ改宗させようともしました。改宗しようとしない住民達に対しては「国王、教会に背く反逆者」と決めつけ虐殺しました。本来の宗教の意義はもっと深い心の中にあり、力づくで改宗させることでないのは明らかです。住民達は自然から湧き出た自分たちの存在を守ろとしただけなのです。国によっては感染症の影響もありほぼ根絶やし状態にまで。なのに後から入ってきた訪問者たちは、生き残った住民を強烈に差別し続けます。

※この銀の欧州への流入量はとんでもない量で、欧州の物価高、領主の経済力低下、国王の富の増大となり、結果的に欧州の絶対王政を迎えることになります。

この大陸にはたいへん高度な文明が各地にありました。例えば、当時世界最大級といわれた都市、この頃すでにあった各所の図書館や知的収蔵庫、他、、それらも次々に征服・破壊しました。
実は、当時、侵略者達(スペイン・ポルトガル)は、「トルデシリャス条約」という地球を二国で分かち合おう(新大陸はスペイン、アジアはポルトガル)という条約までも交わしていました。

本来なら我々日本人にも近い顔をしたモンゴロイドが、この広い広い大陸の恩恵を受け暮らしていたはずです。

豪州では突然の訪問者が入植してくると、先住民族であるアボリジニを訪問者の娯楽としての狩猟(スポーツハンティング)の対象として虐殺しました。にもかかわらず、その後、白豪主義(豪州は優秀な白人の国)などと国を挙げた政策さえも打ち出します。

アフリカの人たちは、奴隷という名の商品として当時だけで1500万人以上が売買されました。途中で亡くなった方が多かったので実際の数はその5倍程度という学者の研究もあるようです。
また、コーカソイドが米大陸先住民の腕を切り落としたり殺害したため労働力が足りなくなってしまい、アフリカから奴隷として連れてこられた事実もあります。結果ネグロイドが米国をはじめ世界中に広がったわけです。しかし今でも強烈な差別をネグロイドに対して行う人々がいるのも現実です。

人類数万年の歴史を、ここ2~3百年でいとも簡単に破壊したコーカソイド、その後、世界の民族意識を大変複雑にしたわけです。少なくとも僕自身はそれら虐殺者を学校で英雄として習ったことは深刻です。英雄をたたえる休日もあり、銅像も実際に見ています。
そして突然の訪問者の子孫の方々は今もその国に住み、祖国として愛国心とプライドを持ち生きているのでしょう。もちろんそのような過去とは露知らず夢を求め移り住んだ方々も多くあることでしょうし、その方々には罪はないわけです。しかし、自身が移民にもかかわらず新しい移民を頑なに受け入れず排除し続けた元大統領がいたことも事実です。

レコンキスタ終焉の影響ともいわれる大航海時代や大西洋三角貿易における正の遺産、歴史的意義も多くあると思いますが、僕にはよくわかりません。

この動画(2分50秒程度)は、現在のネイティブアメリカンによるコロンブスに対するイメージです(すでに純血は絶滅させられてほぼいないわけですが)。
↑◆お手数ですが、ご覧になりましたら、ブラウザの戻るでこのページへお戻りいただけましたら幸いです。
(同じようなことをした)ヒトラーの休日はないのに、何故コロンブスを祝う休日があるのか?これには驚きました。

コロンブスですらこのイメージですから、コルテス(アステカを滅亡)、アルバラード(マヤ、アステカを滅亡)、ピサロ(インカを滅亡)などのイメージは最悪なのかもしれません。
また、オーストラリアを発見したクックも、逃げまどい射殺・虐殺されてしまったアボリジニにとっては悪魔なのかもしれません。

この事実に対して正義感ぶり正論を言ったところで今更どうしようもない訳です。ただ、以下に記載しましたが、南米のモンゴロイドや豪州のアボリジニを題材にした映画がとても少ない点が気になっています。そして、5アイズ※の国々の中で元々白人国家だったのはイギリスだけということも。
※イギリス、アメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの諜報機関が世界中に張り巡らせたシギント (世界のインターネット、電話他各情報を傍受した諜報・諜報活動) の設備や盗聴情報を、相互利用・共同利用する為に結んだ協定。
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「必要以上の欲と自然権・自然法、そして映画の社会的意義」

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↓■■■■■この時代背景を題材にした映画■■■■■↓
南米や豪州の映画が極端に少ないのは、大量虐殺の結果、両大陸の人種の純血種がほぼ淘汰されてしまったからでしょうか。とすると、その後、虐殺者が英雄ともてはやされていた時、自然権を否定され、虐殺され、声すら上げられなかった方々の心中を察するといたたまれない気持ちになります。カッコつけて言ってしまうと「映画の社会的意義」を感じずにはいられません。
お手数ですが、以下のタイトル以外で「大陸征服に関する映画」がありましたら、ご教示いただけませんでしょうか。
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■北米大陸

●「1492 コロンブス」(原題は「楽園の征服」大陸発見後のコロンブスがメインだが、レコンキスタなどの時代背景も出てくる)

●「コロンブス」(コロンブスが新大陸を発見するまでがメイン)

●「折れた矢」(従来はインディアンを悪、白人を善として扱ってきたが、それをしなかった最初の映画で、実話に基づいている。)

●「ソルジャー・ブルー」(米軍が無抵抗のインディアン村に対して行った無差別虐殺サンドクリークの虐殺の映画化)

●「ブロークン・チェーン」(イギリスとフランスが新大陸を巡り争いと原住民の部族との関係)

●「ジェロニモ」(北米先住民が米騎兵隊に追いつめられ抵抗する実話を、生き残った騎兵隊員の回想で。自分達の土地を追われながらも先住民が見せる真摯な態度。しかし騎兵隊の上層部は平気で約束を破ってしまう)

●「ダンス・ウィズ・ウルブズ」(米軍人のインディアンとの交流を描いた。白人正統主義の映画と違い白人を批判する内容が含まれた内容のため製作に時間がかかった。しかし自身がインディアンの血を引くケビン・コスナーが実現)

●「小さな巨人」(米軍がインディアン村を突然襲い無抵抗の彼らを無差別および大量に虐殺した。その生き残りジャック・クラブの数奇な半生)

他多数。


■南米大陸

●「ミッション」(先住民グアラニー族へ布教関連を宣教師目線で)

●「アギーレ/神の怒り」(ピサロの指示により伝説の都市エル・ドラドを発見しようとする物語で、一般的に名作らしい。ただ、昔の西部劇のように先住民族を「悪」として表現していることに映画自体の不自然さを感じた)

●「真珠のボタン」(とても美しいドキュメント映像だった。しかし、後半チリの先住民は病原菌により多くが亡くなり、残った人々は先住民狩りという名称で次々に猟銃でハンティングされたことを淡々と語っていた。こういう事実はwikipediaにも載っていない。現在は保護対象になった先住民だが、その後の革命でも殺害され、すでにチリ国内で20人しか残っていないらしい。そして、原住民には「神」という言葉がないらしい。自然崇拝では神を擬人化していないのは知っていたが)


■オーストラリア

●「裸足の1500マイル」(先住民族が大量虐殺されただいぶ後なので、今回のテーマとはズレてます。アボリジニの白人への同化政策「盗まれた世代」にかかわる悲劇)


■黒人奴隷

●「國民の創生」(奴隷制度を白人視点で描いた作品。一部、上映禁止運動も起こったが、結果的には大ヒット)

●「風と共に去りぬ」(奴隷が白人に所有されることに喜びを感じているように描き、奴隷制度の南部を美化したとされ、一時上映中止に)

●「ヤコペッティの残酷大陸」(アフリカから船ですし詰め状態で大量に荷物のように運び込まれる黒人達のリアルさと、その後の状況を克明に)

●「マンディンゴ」(奴隷制度の南部で奴隷売買をビジネスにする一族の栄光と没落の歴史を描く。 マンディゴ族は、ハンサムで頑強な肉体を持ち、黒人奴隷の中で最も高価だったらしい)

●「ドラム」上記の「マンディンゴ」と同じ原作者で姉妹映画。白人と黒人の間に生まれたドラムが主人公で、やはり奴隷商人に売られていく。

●「アミスタッド」(奴隷反乱の史実を忠実に再現。いきなり奴隷にされた人々がアミスタッド号で連れ去られるが、その途中で奴隷たちは反乱を起こす。奴隷たちを助けた米国弁護士や大統領と奴隷との心の交流も)

●「ハリエット」(数百人の奴隷の逃亡を手助けしたハリエット・タブマンの伝記を映画化。彼女の功績は大きかったため、20ドル紙幣の顔として採用されることになっていたところトランプ大統領が就任し反対。しかし、現在バイデン大統領は採用を前提に動いているようです)

●「それでも夜は明ける」(奴隷として12年間の壮絶な奴隷生活をつづった伝記の映画化)

●「アメイジング・グレイス」(牧師の ジョン・ニュートン は元々、奴隷貿易船の船長であり自分の犯した罪の懺悔から”アメイジング・グレイス”を作詞。この歌に刺激受けた政治家 ウィリアム・ウィルバーフォース が奴隷で財を成した数多くの利害関係者を改心させ、最終的に奴隷貿易をなくし奴隷を解放した実話に基づいている)

他多数。

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大きく話は変わりますが、まったく視点をずらすと何が正しいのかよくわからないことがあります。人類が成長するには、多少の問題があっても「もっと、という欲と変化」が重要という人がいます。片や長年培って自然に出来上がった「バランスの取れた状態」がなによりも重要という人もいます。
僕は時々「泥水」を思い浮かべます。泥水はウヨウヨとしたエネルギーを持て余しいつも怒っています。しかし水槽に泥水を入れておくと、エネルギーは収まり出し、いずれ澄んだ水と泥とに分かれ共存するようになります。魚もドジョウも住めるようになります。
そこで、またいつもの堂々巡りが始まります。それは単に水と泥という本来の姿に戻っただけで、そこから何が生まれるのだろうか?でも、そもそもより洗練されたもの、新しいものが生まれることは必須なのだろうか?
例えば洗練されたアイディアや最新の技術を使った映画が次々に生まれています。これは文化の発展のためには必須です。でもなぜ粗削りのドキュメンタリーや創成期の映画を観て、あんなにも心が揺り動かされるのだろうか???難しく答えが出せない状態です。
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↑「はじめに」はここまでです↑
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上記の内容に関連して「出アフリカからウクライナ侵攻まで」を簡単にまとめてみました。よろしかったら斜め読みしていただけましたら幸いです。↓


■■■出アフリカからウクライナ侵攻までの歴史(日本・中国・中東・米大陸・欧州)の個人的な備忘録■■■

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さて、これは僕の備忘録です。まとめてゆくうちに長くなってしまいました。可能でしたら青文字だけでも拾い読みしていただけましたら幸いです。また、僕にとって歴史の勉強は付け焼刃、確証もありません。その点は最初に謝罪しておきます。

上記の通り人類がそっくり入れ替わってしまった大陸が多くあることは事実です。友人のメッセージをきっかけにいろいろと調べてゆくと、よくわからないことが増えてゆきました。そして「そもそもは?なぜ?」という感情が増え続けてゆきました。
そこで、この事実を勉強するには、そこに至る関連性が重要、つまり人類の歴史をさかのぼって「出アフリカ」から始める必要があるのかも?と考え、わかる範囲で調べてみました。

国の概念が出来てからは「日本、中国、米大陸(途中から米国に変更)、中東※、欧州」に分け、記載してみました。するとそれぞれ大きな変革期があり、それらが現在にもつながってることがわかってきました。文中の「赤文字」はリンクです。また、画像は可能な限りフリー素材を使いました。
※中東=北はトルコ、南はイエメン、西はエジプト、東はアフガニスタン(インドの一部も少し含む)と個人的にはしています。

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まず、日本の四大変革期についてです。
日本には島根県出雲市の砂原遺跡から分かるように11万年前から人(旧石器人?)が住んでいたと一部ではいわれ、人殺しがあまりない平穏な時代が(たぶん)あったようです。その後、長年の年月を経て今から2300年程度前、大陸から文明・文化・武器を持った人が移り住み急に日本は変わってゆきます。これが「弥生時代」で日本最初の大変革期(倭人のDNAが突然変わる)です。次は「文字、仏教、天皇中心、律令性、倭国から日本へ変わった時代」(中国の影響)、次が「明治維新」(欧州の影響)、最後が「太平洋戦争の戦後」(アメリカの影響)、これが日本の(今に繋がる)四大変革期だと思っています。こう見ると弥生時代の前がいかに長かったかがわかります。ただ、今でも日本人のベースには仏教以前の「多神教」が八百万の神として根付いているように思えます。

日本独特の「文明」や「らしさ」の始まりはいつ頃になるのでしょうか。
最近よく考えるのは、日本は地形的に山向こうは未知の国、なので「村八分」が一番怖いことだったのではないか?そして村の一大行事は「神祭り」もちろん当時は仏教は入ってきていなかったから。つまり、村八分にされないような(無難な)生き方が最高の選択肢になっていったのではないか。そうして今の日本人の根幹が出来上がってきたような気がしてなりません。
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中国は、中国文明(世界最古の文明とも?)が約6~7千年前からで、日本やアジア各国(一部欧州も)に大きな影響を与えています。また、「紙」、「印刷」、「火薬」、「羅針盤」も、これらのベースが中国の四大発明として現在に影響を与えています。
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中東周辺は、コーカソイドの故郷で、少し東側がモンゴロイドの故郷。メソポタミア、エジプトが5千年前から、インダスが4.5千年前から。その後、この地域から一神教が生まれ、豊かなオリエントが商業のベースを作り、三枚舌外交の被害、、など、今の世界への大きな影響が続いています。
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欧州は、エーゲ海文明が3.5〜4千年前から、とも言われていますが、この辺はよくわかりません。その後、ローマ帝国、ゲルマン人の大移動で欧州の元を、大航海時代で世界中に植民地を、市民革命(王政から市民へ)、産業革命(農から工へ)、大西洋三角貿易(黒人がアフリカの外へ)でそれぞれ世界中に大きな影響をもたらせています。
しかし、近代史ですべての国に大きな影響を与えたのが、第一次世界大戦から始まった、ここ100年に及ぶ戦争の世紀です。
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ちなみに人類の(今につながる必須の)大発明は、「火起こし(最初のエネルギー)」「矢じり(刃物)」「言葉(コミュニケーション)」「音楽・舞踊・絵画・立体造形(表現)」「器(食べる進歩)」「服・裁縫(防寒)」「船(水上移動)」「農業(食の革命と定住&戦争の始まり)」「車輪(陸上移動)」「文字(情報を残す)」「金属加工(丈夫・自在)」「デジット(分けて考える基本)」「お金(労働対価の情報・交換)」「羅針盤(太陽がなくても方位がわかる)」「簿記(勘定・記録・経済)」「レンズ(見えないものを見る)」「輸血・血液型(助命)」「抗生物質(助命)」「麻酔(助命)」「殺菌(助命)」「ワクチン(助命)」「電気(新エネルギー)」「モーター(動力)」「真空管〜半導体(電子を操る)」「写真・動画(事実を残す)」「核(無限なエネルギー)」「飛行機・ロケット・ヘリコプター・人工衛星(空間移動)」「冷蔵庫(鮮度維持・いずれなくなるかも)」「DNAの発見(生物の可能性)」「コンピュータ(脳の代行)」「ネットワーク・インターネット(情報が時空と距離を超える)」「ロボット(脳と体の代行)」「量子(新たな可能性)」等でしょうか。他にもあると思いますが、思いつくのはこの程度でした。
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◆6万年前。出アフリカ、グレートジャーニー時代。
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↑こうして自分の意志で世界中に広がったのは人類だけです。また、住む環境により、独特の容姿・言葉・文明・文化になっていたのでしょう。

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約6万年前のアフリカから出発※ → 1万年以上前に最終地点、南アメリカの先端へ到着。
面白いことにDNAではなく、体内の菌で人類の歴史を調べている学者がおられることを知りました。その研究を前提にした現在の人類の流れは、まず「南アフリカ」「ヨーロッパ」「西と東アフリカ」「北ヨーロッパ」「沖縄」「インド」「北アジア」「北米」「南米」「東アジア」ということになっていました。もちろん日本は東アジアに入ります。つまり沖縄が日本としては非常に古く(約4万年前)菌自体も特殊ということでした。すでに滅亡していて現日本人とは無関係と言われる「港川人」の影響がやはりあるのかもしれません。さらに沖縄の方は胃癌が非常に少なく、他の都道府県と比較すると三分の一と驚くほどの違いがあります。

・さて、最初の人類祖先は、50万年以上前に現れアジア、ヨーロッパへ、その一部が北京原人やジャワ原人ですが、全て滅びたようです。すでに火は使っていたとも言われています。
・その後、20万年(一度、滅びかけたがアフリカの南端でわずかに生き延びた)から4万年前にかけて現生人類に近いネアンデルタール人がヨーロッパやアジアの一部へ。氷河の影響もあり肌の色も白く体も大きく筋肉質で脳も現代人と変わらないほどの大きさ。しかし脳の構造が並列思考だった?らしく、そのため「喉」の形状も発達せず微妙な言語発声能力に乏しかったらしいです。「FOXP2遺伝子(言語に関する遺伝子)」は持っていたようですが、結果的に集団のコミュニケションが苦手で狩りも小集団だけ。集団が小さかったため近親婚が増えそれが原因で病弱となり、小集団の争いが少なかったにもかかわらず3万年ほど前に絶滅したのでは?最近は犬を狩猟に使っていなかったことも要因の一つとも。そして終焉の地はジブラルタル周辺だったとも言われています。しかし、現代のヨーロッパを中心にアジアにもそのDNAはわずかに(デニソワ人の遺伝子も)引き継がれているようで、肌の白さもその一つらしいのです。ネグロイドにはその遺伝がゼロとのことで、出アフリカ後に生まれた人種らしいとも言われています。
その後のクロマニョン人(ホモ・サピエンスでコーカソイドの祖先)は約4万〜1万年前に棲息。ハインリッヒ・イベント(大規模で急激な温・寒の変化が欧州を中心に起こった)の影響もあり、知恵を働かせ生き抜く必要が脳を発達させた可能性もあります。そのためか、投槍機や弓矢も発明し、埋葬、呪術や宗教的要素、精巧な石器や骨器、洞窟壁画や彫刻等、食以外の文明を残し、犬も大切なパートナーだったとも。脳自体の大きさはネアンデルタール人と同じか少し小さいくらい、でも、変化に対応した結果なのか小脳が大きくなり、言語の理解と産生、作業記憶、認知の柔軟性が発達した双方向型だったのでは?と言われているようです。その脳の延長が現在の最先端技術なども作り出しているわけです。
とはいっても宗教的要素がすでにあったためか、その宗教により集団を作っていた可能性が高く、宗教の考え方の違いにより集団同士の争いや殺し合いがすでに始まったともいわれています。もちろん本格的な戦争は後述する「農耕」が原因になっていることは明白です。

※6万年前に出アフリカ?とすると日本最古の遺跡、島根県出雲市の「砂原遺跡の11万年前」は、この遺跡の人類は一度滅んしまっているということだろうか?
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◆2〜3万年前。人種の時代。
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↑最初のイラストと同じです。
大きく分けて4つの人種(モンゴロイド、コーカソイド、ネグロイド、オーストラロイド)が数万年前からそれぞれの土地に棲みつきました。しかし、コーカソイドに虐殺・征服されてしまった北・南米大陸、豪州、アフリカの一部を現在の地図にすると、そのすべてはピンク一色になるわけです。

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さて、日本は、既出の島根県出雲市「砂原遺跡」からわかるように11万年前から人(旧石器人)が住んでいたといわれていますが、日本が火山灰の混じる酸性土壌で骨があまり残っていないため根拠がなく想像せざる得ない状態らしいです。しかし、沖縄は土壌が違うため残っています。石垣島の「白保竿根田原洞穴遺跡(旧石器時代の人骨発掘では世界的にも最大級)」からは2.7万年前の全身骨格が発見されています。また、日本国内最古の人骨は(人骨ではなく周辺の炭化物などから測定ですが)沖縄県那覇市山下町第一洞穴で発見された「山下洞人」の3.2万年前のものになります。この人種はハプログループM7aというスンダランド(東南アジアのオーストラリア寄り)からの移住してきたらしいのです。日本列島はユーラシア大陸と陸続きでしたが、この頃から少しずつ離れだします。
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人類は、出アフリカ後、地域の環境によりそれぞれの体系や顔の形状が大きく変わっていったわけですが、勉強してもよくわからないことがたくさんあります。
アフリカで産まれた人類は他の動物と比べ、長距離の移動(発達した脳が獲物を疲れさせて獲る方法を知ったから)が可能になっています。それが出来た理由は、毛皮をなくし汗腺から汗を出すことで体温の上昇を防げられるようになったため。これは他の哺乳類と比較しても格段の移動距離らしく、マラソンができる哺乳類は人間だけらしいです。しかし、毛皮がないと紫外線から守れないため、メラニン色素を沈着させ皮膚の色を濃くしたらしいのです。
ちなみに、運動量と脳の発達には強い関係があるようです。人間と関係の強い猿は、基本的に木の上で生活するため、餌の確保や敵から守るために地上ほどの体力・知能を使いません。つまり体や脳への刺激が少ないようです。しかし、地上に降りた人間は、目の前に餌がなく、自分達で狩りや残り物を漁る行動をせざる得ません。人間は生きるために体力と脳を使わざる得なかったわけです。必然的に脳はどんどん大きくなってゆきます。これを証明するのが、筑波大学や立命館大学の実験で、毎日30分走らせ続けたラットの脳(特に海馬)が大きくなっていったことを証明しています。さらに人間でも実験したところ、特に脳の認知機能の部分が発達したことを証明しています。マイオカイン(特にIGF-I)など30種のホルモンが活発になるようです。あの山中教授は、何をおいても走るようにしているとのことでした。

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↓◆ここからは身体的特徴に触れています。閲覧にはご注意ください◆↓
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次に顔や体の特徴ですが、特にコーカソイドは他の人種とは大きく違う様に思えてなりません。
なぜ白人の皮膚・頭髪の色が極端に薄いのか?コーカソイドの祖先(もちろんメラニン色素は濃かった)は、後氷河期(15000年前頃)に中東辺りからどんどん北へ移動したらしいのですが、当時の気候は曇天が多く紫外線は弱かったようです。そうなると紫外線から体を保護するメラニン色素の厚い層は不要になります。すると中にはメラニン色素遺伝子の突然変異によって皮膚色がさらに薄くなった個体が現れ、それは氷河期が長かったスカンジナビア半島(氷河の厚みは数千メートルにも達したほど)では目立たず生き残りに有利となったのでは?という説があります。今でも北欧には肌や髪の色が透き通るほど薄い人が多いようです。調べた中には、シロクマのこともあり、シロクマは元々、黒かったらしいのですが、たまたま生まれた白色のクマが氷河の中では目立たず生き残り易く、長い間に黒いクマは死滅していったらしいのです。また、イギリス人の先祖の肌の色は浅黒く体も小さかったようです。元々、イギリスはメキシコ湾海流の影響で、北緯の割には寒さは厳しくなかったのは今も同じ。そこで、想像するに(欧州各地からの移住もありますが)一番はゲルマン人の大移動(イギリスにはアングロ人とサクソン人という北欧系の人達が多く移住)の影響があると思っています。
コーカソイドの中でも特に北欧人の体格が良く筋肉質なのは、クロマニョン人の遺伝でしょうか?では何故クロマニョン人は体格がよかったのか、、、氷河期が非常に長かったため体をわずかに震わせ熱を出し続けた結果たくさんの筋肉が付いたという説。ベルクマンの法則(同じ種でも寒いところほど大きくなる)からという説は関係ある?
目の色が薄いのは、光が乏しい地域だったのでだんだん色がなくなって(コペンハーゲン大学の研究?)いった?彫が深いのは光に弱く光を避けるため?鼻が高くなったのは乾燥した空気を少しでも湿気を持たせ体内に取り込むため?この点はアフリカの乾燥地帯を抜けて中東に移った時点で、すでに彫が深く、鼻が高く変わっていったようです。その為、中東の方々も肌の色、目の色、髪の色こそ違いますが、顔の形状はあまり変わらないように思えます。ラテン系の方々(スペイン、ポルトガル、イタリア、フランスの一部)も中東の方々に多少近いような感じもします。
コーカソイドに巻き毛が多く体毛が濃いのは、白い肌を紫外線や乾燥から頭皮及び皮膚を守るため?モンゴロイドの毛穴は丸いが、コーカソイドの毛穴は楕円形らしく、延びる時に力が均等にならずおのずから巻き毛になるとのことでした?コーカソイドの口が(退化して)凹んで見えるのは、だんだん固いものを「食いちぎる」ことが少なくなったから?歯やそれに伴う口の形状は、割と変化しやすいとのことでした。その為、歯に関しては矯正も可能。
コーカソイドの顔幅が狭いのは、狩猟メインだったため獲物の反撃を受け大切な顔や頭を野獣に攻撃される可能性を回避するため、少しずつ顔や頭の正面の面積を減らす形になっていったとのこと。しかし、容量は変わらないので前後(おでこや特に後頭部)が出て才槌型になっていったらしいのです。そのため、ネグロイドやコーカソイドは後頭部にある視覚機能が発達している。眼鏡が少ないのもそのためだろうか?よく絶壁に影響するという赤ちゃんの時の寝かせ方にも影響があるらしいですがメインの要因ではないと聞きました。
また、ある説では、モンゴル系人種の顔に凹凸が少ないのは、寒さに対抗するため目に脂肪を蓄え、鼻の凍傷を防ぐため低くなった(欧米人はそこに魅力を感じる人もいると聞きました)と読みました。でも寒さ対策なら、モンゴロイドも体格がよかったのでは?ただ、そこに身を置いた期間がネアンデルタール人(コーカソイドの先祖)は非常に長かったから?
また、ネグロイドの鼻幅が広いのは、体温を下げるため?口が出ているのは、固いものを引きちぎったりかじったりするから?だとすると、ととても合理的な形状変化だとも思いました。
どうしてもわからないのが、アボリジニの肌の色はとても濃いですが女性や子供には金髪がみられ(これは白豪主義の影響より以前かららしい)且つ、アボリジニは元々、飲酒文化がなくアルコール耐性が遺伝的に少ないらしいのです。不思議なことが多すぎます。
この頃、ラスコーなどの壁画も見られ、壁画の近くには文字らしい記号も記載されていました。また、インドネシアでも世界最古(45,500年前)といわれる壁画が見つかっています。
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↑身体的特徴はここまで↑
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◆1〜2万年前。言語と民族の時代。
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↑これは、大航海時代「後」の地図です。そのため、以下の本文とは直接関係がありません。しかし、最初のイラストと比較すると見えてくるものがあります。イギリスの赤、スペインの青、ポルトガルの緑という欧州の小さな国が世界の言語にも大きな影響を与え、英語はこの地図に限らず、すでに国際語になりつつあります。

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人類は各地に定住し、それぞれ別の言語を話し出します。結果、集団は民族へ。生きる術は狩りでした。声の高低などの音によるコミュニケーション(音楽の始まり?)だけでなく、心の中の想いを相手に伝えることが出来る(言葉の始まり?)ようになります。(いろいろ読んでも明確な回答が分かりませんでした)コミュニケーションを深めるために文法が出来たのでは? 
世界には大きく分けて5つの(8種)の語族がいるようです。まず、日本語も含まれる「ウラル語族」と「シナ・チベット語族」、コーカソイドの「インド・ヨーロッパ語族」、南北アメリカ大陸の「エスキモー・アレウト語族」と「アメリカ・インディアン語族」、東南アジアやオーストラリアの「南アジア語族・オーストロネシア語族」、アフリカや一部中東の「アフロ・アジア語族」等です。この言語の違いがコミュニケーションの違いになり、結果文化の違いにも影響したのでは?これにより喜怒哀楽を伝えることが出来、それが現在の映画にも繋がっているのかも?
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・日本は旧石器時代〜縄文時代。
ジャレド・ダイヤモンド博士がいうには、日本語は非常に特異な言語らしいのです。他国の言語の場合、近隣の国々では多くの類似性がみられるらしいのですが、日本の近くの国々(朝鮮・中国)との類似性が認められないとのことでした。
もちろん漢字などの文字は中国から入っていますが、日本人はその漢字に元々日本にあった日本語の読みを無理やり充てたようです。例えば「いぬ」という動物を表す日本語の音声は元々日本にあったようですが、当時日本には文字はなかったわけです。そこで中国から漢字が入った時に同じ動物を指す「犬(Quǎn=チュエンと聞こえます)」という文字を「いぬ」と読むようにした(訓読み)とのことでした。音読みでは「Quǎn=チュエン」を「ケン」と読んだのでしょう。

ちなみに、アイヌ民族や琉球民族は旧石器人や縄文人の血が強いらしいです。ただ、アイヌにはオホーツク人の系統も混じってるようです。その後、弥生時代(2400年前〜1800年前)に代表されるように大陸から人々が多く訪れ、その混血が我々日本人らしいのです。大陸から来た人々は、特に九州北部や西日本(東日本の一部)の日本海側に多かったとの事。元々、日本には人を殺す武器を持たない旧石器・縄文人が住んでおり、そこに大陸の人々(いわゆる弥生人)が武器を含めた文明や文化を持って移住して来きた。そのため原住民は争いに敗れ、縄文人たちは北(北海道、東北の一部)と南(九州南部から沖縄)に残った、もしくは加わった、という説もあります。と考えると、確かにアイヌの人形、東北のなまはげ、沖縄のシーサー等の造形は共通した縄文の濃い顔の名残があるように思えます。つまり日本の歴史から考えると、旧石器人や縄文人の時代がほとんどを占めていたようにも思えます。尚、一部には米(稲作)が沖縄、北海道では出来なかったこともその(弥生人がそこまで広がらなかった)要因という説もあります。この時代の最後頃に「港川人」(南から上ってきた人種)が現れます。また、日本の局部磨製石器や土器なども世界最古といわれるらしく、その点も特異なところ。たぶん、弥生時代までは他国との交流が少なく独自の文明が育ったのかもしれません。
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◆1万年前。地球が温暖化、人類が農耕を知った時代、農耕から始まった争いが武器の開発、今の戦争に繋がることに。
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↑誰が一番最初に農耕を始めたのだろう?

現在↓


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・日本は縄文時代。
日本にはまだ狩猟生活もあり獲った獲物を分け合う生活も。今でも未開の地では、そのように獲物を分け合って生活しています。理由は獲物は生もので保存できず貯蔵する財産になり得ないため、盗難など争いの元も少なかったのかもしれません。ひょっとするとこれが殺し合いをなくす究極の方法なのかも、、とも思いました。超非現実的です。
その後、広葉樹も増えてゆき、森での生活はドングリや栗などを採集し(あくが強いため)土器(縄文)を作りあく抜きをしたようです。食料が安定してくると人口も増えていったと思われます。
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・食糧の「採集」が開始された地域は、現在の中東辺りで、この地域にはすでに野生の大麦や小麦が生育していたようで麦類を採集ました。また、野生でも比較的おとなしい動物を家畜として飼いならした生活が始まり、その後の感染症に繋がっています。麦類の「栽培」も、その後から始まっているようです。
この時期から人類は農耕を知り定住型の村が出現。そうなると穀物生産の効率を上げるための言語的能力貯めた穀物などの財産を管理するための数学的能力が発達するきっかけになったと思われます。しかし、負の遺産として、定住地に敵が襲ってきても逃げられず開拓した土地、保存している穀物(財産)を守るためには戦うしかないという点があります。それら集落同士の争いが、現在の戦争に繋がっていることは明白です。
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◆7000年〜3000年前。ユーラシア文明と都市国家の時代。
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エジプト アメンホテプ4世が、最初に一神教を始めたと言われています。モーセにも影響を。詳しくは文中を。

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・日本は、まだ縄文時代、ちなみに日本の三内丸山遺跡は約5000年前のもの。日本には文字がなかったため後世にその文明が残されていないのが残念です。しかし、文字がなかった原因は、他人を信じる(あうんの呼吸の)人種という説があります。
他の国で文字が早く出来た背景は、財産(穀物や家畜)の目録や契約書が始まりだったらしいです。たぶん他民族の流入が多かったため、信じないことを前提に何か形を残す必要に迫られ文字が必要になったのかもしれません。
ちなみにこの頃、「鬼界カルデラの大噴火(約7300年程前)」により、九州の縄文人がほぼ壊滅したとも言われています。
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4つの大文明が生まれています。(黄河文明、メソポタミア文明、エジプト文明、インダス文明)。
また、宗教も「ヒンドゥー教」に関しては、キリスト教やイスラム教のような、特定の開祖によって開かれたものではなく、インダス文明の時代からインド及びその周辺に居住する住民の信仰が受け継がれ時代に従って変化したものと考えられています。詳細は分かっておらずヒンドゥー教がいつ始まったかについてはいろいろな見解があるようです。
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・中国文明は、黄河や長江などの流域を中心に発展した人類最古の文明とされています。実在が確認されている中国最古の王朝は、夏王朝で、この王朝は伝説上の存在であるとされていましたが、最近、実在していたとのことでした。その後の、殷王朝では、甲骨文字(漢字の大元)が使用されていたようです。
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・中東周辺1、「メソポタミア文明」は、この文明を発展させたティグリス川とユーフラテス川は、大洪水を引き起こしやすい川、そのため旧約聖書に登場する伝説「ノアの方舟」(痕跡といわれるものが発見されたのが現在のアルメニアあたりなので少し北側)の話にも影響を与えたとされています。人類最初の「文字(楔形で最古)」もここで生まれ他の文字にも影響を与え「天文学・数学」の概念も生まれました。古代バビロニアの「ハンムラビ法典」は、国を平和に治めるための法律だったようです。1時間が60分、円が360度などもこの頃。約5000年ほど前「シュメール人」が都市国家を築きますが、そこにアッカド人が入り込みバビロニア帝国を建設します。するとその後の世界を大きく変える「鉄の製法」を生み出した民族ヒッタイト人が現れ今に続いています。メソポタミアはヒッタイト人に征服され、ヒッタイトとエジプトは世界最古の条約(和平条約)を締結します。「ゾロアスター教」が確立し、「アブ・シンベル神殿」の完成、サウルによる「イスラエル王国を建国」もこの頃です。車輪が発明されたのもこの頃です。
最古の法典は「ウル=ナンム法典」で、ハンムラビ法典の「目には目を、、」は単なる復讐ではないようで、イスラム法の「同害報復」にもつながっているかもしれません。

・中東周辺2、「エジプト文明」は、文字や美術、建築、衣食住などの高度な文明です。「1日を24時間、1年を365日」とする太陽暦の概念も確定し、エジプトの文字も絵や図から作られた「象形文字」、日本と同じ多神教であらゆるものを神としていました。古代エジプト王国が誕生し、「ギザの大ピラミッド(クフ王)」が建設されます。

エジプトの「アメンホテプ4世」が、一神教を最初に始めたと言われています。(唯一神教ではなく拝一神教、もしくは単一神教ともいわれています)。それは、「アマルナ革命」につながりますが、古い多神教の神々を否定することになり、さらに宮廷の一部だけにとどまり広がることなく立ち消えてしまったようです。しかし、これがモーセの十戒にも影響を与え、その後出てくる一神教(ユダヤ教→キリスト教→イスラム教)が全世界を変えました。例としては「古代から現在までの数々の宗教戦争や紛争」「権力争い」「イスラム教のイベリア半島支配→レコンキスタ→大航海時代→コーカソイドによる米大陸征服→日本の十五年戦争のきっかけにも関連」「独裁者による大量虐殺にも悪用され」「結果的に地球規模の覇権争い」、、、等。このベースには「謝ったら負け」という考えが(「一神教が戦争を起こす理由(関野通夫著)」 にはありました。
「モーセの出エジプト」ユダヤ最初の迫害から逃れる、海が割れ※この後シナイ山にて「十戒」を授かり、ユダヤ教へ。??が多い内容ですが、後のキリスト教、イスラム教に影響を与えていることは確かです。
この辺の背景は、心理学者フロイトの「モーセと一神教」にも書かれていました。
※この事象がサントリーニ島の大噴火による津波ではないかとする研究者もいます。
ラムセス2世が、ヒッタイトのハットゥシリ3世と世界初の平和条約であるエジプト・ヒッタイト平和条約を締結したり、古代エジプトの岩窟神殿であるアブ・シンベル神殿を建設したのはこの頃の後半。

・中東周辺3、インダス文明は、インダス川の中・下流域で発展し、「モヘンジョダロの遺跡」からは排水溝・倉庫・道路・大浴場などの跡が発見されています。「インダス文字」は、いまだ解読されておらず謎に包まれた古代文明といえるでしょう。やはり水害で滅んでしまったようです。
フルリ人を統一、アッシリアを支配下に、さらにメソポタミア北部も支配したミタンニ王国もこの頃の最後に。
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・米大陸は、パレオ・インディアンから始まり、狩猟採集民が半農社会に。この時期の後期に「オルメカ文明」(メキシコのアメリカ大陸初の文明で絵文字を使った)が生まれた頃です。
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・欧州は、この終盤から(中東に大分遅れて)「エーゲ海文明」が始まった頃です。
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◆3000年〜2300年前。ユーラシアの各帝国が「人類思想」を生み出した時代。古代オリンピック。アレクサンドロス大王がヘレニズム文化(文明)を。
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ダビデ王(キング・スペードのモデル)
アレクサンドロス大王(キング・クラブのモデル)

 
↑パルテノン神殿が出来たのもこの頃。        ↑世界最古のコイン「リディア(エレクトラム硬貨)」

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・日本は、まだ縄文時代。
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・中国は、「春秋時代」に多くの学者・宗教家が現れました。これが日本・東アジアにも大きな影響を与えました。インドでは「釈迦の仏教」がアショーカ王の影響もありアジア各地に広まります。最初の万里の長城はこの頃です。
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・米大陸は、「テオティワカン文明」(メキシコに栄えた文明でピラミッドを作った)が始まった頃。
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・中東は、エジプト、ヒッタイト後期から「アケメネス朝ペルシア」の頃。
西アジアのイランではゾロアスター教を国教として帝国を建設します。世界初の大帝国アッシリアが生まれますが、重税などの反乱で滅亡。パレスチナではヘブライ人により「ユダヤ教」が生まれます。このユダヤ教は後の「キリスト教」「イスラム教」などへも。「十戒」の最初の一文「主が唯一の神であること」により「一神教」として後の世界を変えるほ影響を与えることになります。この部分については「ユダヤおよびユダヤ教」についてをご覧ください。
2代目のイスラエル王「ダビデ」の頃(トランプ・キングのスペード)。ダビデ王は、エルサレムをヤハウェ信仰の中心地とし、イスラエルとユダを領域国家として統治、「古代イスラエル史上最大の帝国」といわれるほどに繁栄させました。後に同じベツレヘムでキリストが生まれています。資料が少なく架空の?と言われていましたが、1993年に実在が裏付けられました。アッシリアがオリエントを統一する(初の世界帝国)のもこの頃です。「ユダヤ人」は新バビロニアのバビロンへ強制移住されてユダ王国が滅亡します。ペルシアがエジプトを征服しオリエントを統一するのもこの頃です。
この頃、世界最古のコイン「リディア(エレクトラム硬貨)」がアナトリア(小アジア)で生まれています。
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・欧州は、ギリシャ・ローマ文明の頃。
「古代オリンピック」が始まったのもこの頃で、「古代ローマ」が建国され、250年程後に、「共和制ローマ」になります。「パルテノン神殿」が出来たのもこの頃です。
マケドニア国王だった「アレクサンドロス大王」(トランプ・キングのクラブ)、小アジアからインドに近い中東、さらにはエジプトまでの広範囲に征服し多数の都市(歴史に残っているだけでも70以上のアレキサンドリアがある)を建設しました。領土を拡大しても逆らわなかった人民を虐げず伝統文化を否定しなかたため、東西交通・経済、文化融合に寄与、東西の境を解体し「ヘレニズム文化」(東西交流の文化で日本の天平文化にも影響)を創造した功績は大きかったと思います。アレクサンドロス大王が死去し、マケドニア王国はアンティゴノス朝マケドニア、プトレマイオス朝エジプト、セレウコス朝シリアの3つに分裂します。
その頃ギリシア神話や、特に人類の揺るがない法則「哲学(ソクラテス、プラトン)・科学(アリストテレス)」が生まれ、やはりアレクサンドロス大王により各方面に広められます。ちなみにユーラシアとはヨーロッパとアジアつまり「EuroとAsia」を合わせた英語です。シルクロードもこの後期から始まり18世紀まで続きます。
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◆2300年〜1900年前。日本最初の四大変革期の最初(倭人のDNAが変わる)。欧州は共和制ローマ帝国カエサルの時代
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日本人のDNA 

↑多くの文化・文明の他に「武器」も持ってきた弥生人。


兵馬俑(秦始皇帝陵)

 
カエサル(シーザーとも。キング・ダイヤのモデル)

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・日本は、大陸から多くの他民族が各種文明を(武器も含め)携え流入し、弥生時代に入ると文字が入ってきます。米や穀物生産が本格的になり「貯蔵」「分業」がはじまり「財産」や「階級」という概念が出来上がったのかと。その頃から金属製品(農具や武器)や財産を守るための境界線(土塁や塀)が出現してきました。すると数百年のうちにいきなり日本では殺戮が始まっていますが、他国よりははるかに遅いです。それは縄文時代にはなかった人を殺傷する為の武器の出土や殺傷された人骨の出土が弥生時代以降、急激に増えていることが裏付けになっています。数万年間、日本にあまりなかった「殺戮」が弥生時代に入った数百年で突然、増え出しています。縄文人たちは弥生人を怖がり山に逃げ込み、平地人は弥生系、山人は縄文系という時代が続いたのかも?もちろんそれらが混ざることもあったでしょう。この時代を指して「日本の原住民(縄文人)は、大陸からの人類に侵略された」という欧米の研究者もいるようです。また、日本書紀にある「国譲り」についても大陸から侵略してきた新人類に対して国を譲ること、とも記載していました。
この時期が「日本最初の大変革期(倭人のDNAが大きく変わる)」です。この平地人をメインにした争いがその後、武家社会(平氏、源氏)、戦国時代、明治維新、日清、日露、太平洋戦争へとつながってゆくのでは?
では、そもそも縄文人はどこから来たのか?DNA的にはチベット人の血が強いようです。また、南琉球では沖縄と違い東南アジア系が強いようです。もちろんそれそれが混じっています。また、日本は日本と言われるようになってからずーっと日本であることは特筆です。他多くの国々では他民族の流入、王朝の征服等いろいろな理由で次々に国名が変わっています。
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・中国は、秦の始皇帝が大帝国を作り文字と度量衡を統一、中国全土を統治しましたが、長く続かずその後、「漢(400年も続く)の時代」へ。紙が中国で発明されたのもこの頃です。匈奴(のちのフン族とも)と呼ばれた遊牧民族がモンゴル高原を中心とした中央ユーラシア東部に一大勢力を築いたのもこの頃。
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・米大陸は、テオティワカン文明。
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・中東は、セレウスコス朝シリア、アルサケス朝パルティア、プトレマイオス朝エジプト、ユダ王国、アクムス王国、一部共和制ローマ帝国の頃。「エジプト」が共和制ローマの属州になるのもこの頃です。中東東部からインド北部にかけては「クシャーナ朝」。「ガンダーラ王国」は紀元前6世紀から11世紀に存続したが、この(仏教を信奉した)クシャーナ朝のもとで最盛期を迎えます。
「マヌ法典」前2世紀から後2世紀までに成立したヒンドゥー教の法典です。ちなみに「マヌ」とはインド人が考える人間の始祖のこと。
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・欧州は、共和制ローマの将軍カエサル(シーザーとも、トランプ・キングのダイヤ)の頃。最初の三頭政治を成立させた後、ガリア(現在のフランスを含む周辺地域)征服を成し遂げます。ローマの元老院が裏切りを図ったためルビコン川を渡り「賽は投げられた」とローマに進軍勝利。その後エジプトに渡りクレオパトラと結婚。ローマに戻り終身独裁官に。しかし「フルータスお前もか」を残して暗殺されました。ちなみにお金に肖像を最初に入れたのはカエサルのようです。また、「ガリア戦記」はカエサルがカエサルを主人公にして書いた小説のようなドキュメンタリーのような不思議な表現方法をとっているようです。また、世界史の学者の中ではカエサルが世界史上、一番のキングだとう方が多いようで、特に本村凌二氏などは強く推していました。
ローマ帝国が西ユーラシアを席巻、地中海貿易で大儲けし、共和制・元老院制から帝政へと。しかし貧富の差が激しく内紛は絶えなかったようです。
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■以下の紀元後については、西暦表記とし、ここも勉強した項目と、おおまかな概要のみ記載いたします。

◆0年。キリスト誕生とキリスト教の時代。
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詳しくは、本編の「ユダヤ関連」で触れています。

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ローマ帝国配下の属州時代の「エルサレム」に、あの「マリア」がおり、大天使ガブリエルから受胎を告知?されます。その子が「イエス」(キリスト=救世主)。ユダヤ教徒であったイエスが後に新しい考え方(ユダヤ教徒でなくても神を信じる者は救われる、大切なのは愛。つまりユダヤ批判とも思われる)をしたため犯罪者とされ、死刑の権限がないユダヤ教指導者からローマ帝国に渡されエルサレムで磔処刑されてしまいます。
しかし、その考え方は弟子たちにより各地に広められ「キリスト教(現在世界の信者数33%とも)」になってゆきました。その後、ローマ皇帝(暴君)ネロによりキリスト教が激しく弾圧されましたが、信じる人達の強い想いを止められず、4世紀にはキリスト教がローマ帝国の国教に、それをきっかけにヨーロッパ全土にキリスト教が広がっていったようです。しかし「ユダヤ教徒」はイエス殺しの罪深き民と決めつけられてしまい、また迫害。これが3回目?のユダヤ人迫害でした。
「ミラノ勅令」でキリスト教がローマ帝国で公認の30年前、世界最初に公認したのが「アルメニア」でした。
ご存じの通り、イエスはユダヤ教徒としてユダヤ教に異を唱えただけで、新たな宗教を作ろうとは考えていなかったようです。イエスの死後、イエスの教えを弟子(使徒)たちが布教してゆきキリスト教として広まったようです。しかし、この辺の話は僕にはよくわかりません。━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


◆0年〜500年。日本が大変革を迎える少し前。遊牧民(フン族)がきっかけでヨーロッパの原型が。
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・日本は、「倭国」で「卑弥呼」「古墳時代」の頃。この頃やっと日本にも文字が入ってきます。集落は、周囲を堀と柵で囲った環濠集落(吉野ヶ里遺跡)へと進化し、次は、狼煙(のろし)台が軍事目的として高地に出現します。この頃、倭(後の日本)には100以上の小国が存在していたとのことで、倭国大乱(倭の小国どうしの内戦)の結果、卑弥呼が女王になり邪馬台国(場所不明)に都を置くことになります。親魏倭王(しんぎわおう)の称号と金印を授かるのもこの頃です。その後、ヤマト王権(大和朝廷)が国内を統一すると、古墳が多く作られるようになります。
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・中国は、「前漢」「後漢」「赤壁の戦い」「三国時代」「晋」「五湖十六国時代」「隋」の時代。光武帝が後漢王朝を建てます。「隴を得て蜀を望む」「志有る者は事竟に成る」「柔よく剛を制す」などは光武帝の言葉です。
中国ではこの頃すでに「宇宙」という概念を持っていたようです。当時の文献「淮南子斉俗訓」には、「往古来今謂之【宙】、天地四方上下謂之【宇】」。(和訳「往古来今、これ【宙】という。天地四方上下、これ【宇】という)と書かれています。つまり「往古来今=時間」「天地四方上下=空間」ということです。当時すでに「時間と空間」の概念があったことに驚いています。
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・米大陸は、「マヤ文明」。「ナスカ文明のナスカの地上絵」もこの頃で、今でも新しいものが見つかっています。
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・中東は、ローマ帝国一色で、ローマ帝国の首都が「コンスタンティノープル」になるのもこの頃です。その後、ローマ帝国は東西に分裂(東ローマ帝国/西ローマ帝国)することになります。東ローマ帝国は、「ササン朝ペルシア」と争い続けます。また「バルディア王国」も。少し離れますが、インドでは「グプタ朝」。また、この頃「ゼロ」を発見し、その後の数学が大きく発展します。
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・欧州も、ローマ帝国一色。「イエスの処刑」「ヴェスヴィオ火山噴火でポンペイ埋没」「フン族の侵入によりゲルマン時の大移動」「ローマ帝国が東西に分裂」「西ローマ帝国の滅亡」と「ヨーロッパの原型」が出来ます。ボスポロス王国(今のクリミアの辺り)もこの頃。
フン族の侵入によりモンゴロイドとコーカソイドの混血が増えた結果、東ヨーロッパを中心にスラブ人のような人種が増えた可能性も否定できないのでは?その理由として、スラブ人や東ヨーロッパで生まれる赤ちゃんには現在でも蒙古斑が見られることがあるらしい。スカンジナビアの原住民サミー人等にもみられるらしいです。「ペテロ」が初代ローマ教皇と言われているようです。
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◆500年〜800年 日本の四大変革期の二度目(倭国から日本へ)。豪華なビザンツ、イスラーム、カール大帝登場の時代。
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カール大帝(キング・ハートのモデル) 

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・日本は、「仏教伝来」「蘇我馬子が物部守屋を滅ぼし」「飛鳥、奈良時代」「遣唐使」「大化の改新」「大宝律令」「倭国から日本へ」と大きく変わってゆき、この時期が「日本の四大変革の二度目」かと思われます。その後、「古事記」「日本書紀」「平安京へ遷都」へと。
■上記以外を年代順に記載します。
「冠位十二階を制定」「憲法十七条を制定(和の精神、天皇へ服従、官吏の心得)」「奈良に法隆寺」「小野妹子を隋(中国)に遣隋使」、藤原不比等の娘が文武天皇の后になり、「藤原時代の先駆け」に、「和同開珎(日本最初の通貨)」、各地に「国分寺」、「奈良の大仏」が出来るなども要点かもしれません。
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・中国は、「隋」「唐」「律令の完成」「シルクロードのはじまり」「海上交易の発展」「チベット仏教(後のモンゴルに影響)」
唐に対して軍事的優位を持って、河西、隴右地区を含めシルクロードの大部分を支配した「吐蕃」がチベットに広がったのもこの頃。
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・米大陸は、「マヤ文明」(今のグァテマラ・ベリーズ辺り)が始まったころ。マヤ文字や階段ピラミッドを造営。後にスペイン人に征服されてしまいます。
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・中東は、「ビザンツ帝国(ローマ帝国の後継者、豪華なビザンツ文化)」「ローマ法大全」「イスラム教の誕生(後に世界人口の3割を)」「イスラム教=スンニ派(9割を占める・コーラン中心・イラン以外)とシーア派(血族・イマーム・イランと一部のイラク)」「イスラーム帝国(インダスからイベリアまでの広範囲、カリフの並立で分裂)」 短期間で終わったウマイヤ朝(イスラム史上最初の世襲イスラム王朝)が大きく国土を広げる頃でもあります。ヴァンダル王国、アクスム王国(どちらもアフリカ北)もこの頃。
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・欧州は、「西ゴート王国」「ゲルマン系のフランク王国(後のフランス、ドイツ、イタリアの一部)」 「ピピンの寄進(この時からローマ教皇領の起源が)」から「カール大帝(ピピン3世の長男)(トランプ・キングのハート)」へ、カール大帝はゲルマン人のため読み書きは苦手だったが、フランク王国の領土拡大に始まり、西ヨーロッパほぼ全域を征服。そして、ローマ帝国皇帝の戴冠し(ローマ帝国の後継者となり)ヨーロッパの基礎の基礎を作りました。当時ヨーロッパ最強とも。その後はオットー 一世。マジャール人はこの頃ウラル山脈近くで遊牧民として暮らしていましたが、後にハンガリー平野に移動し、現在のハンガリー人の祖となります。
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◆800年〜1200年の少し前 平の将門の乱、物々交換の貧しいヨーロッパ、世界の富の7割が世界の中心ビザンツ近隣に。
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ソリドゥス金貨(裕福なビザンツ、商業のはじまり)、その後のドル、ポンド、ルーブル、リラ等になってゆきます。

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・日本は、平安時代。仏教が広がり、「藤原氏」全盛。「平将門の乱(この一族から「平氏」が出て後の源平時代へ※)」で国内が揺れる。清盛は将門の叔父の仍孫。「万葉仮名」「文学」がさかんに。
宇多天皇が勢力拡大の為、桓武天皇の曾孫の高望王に「平姓」を与え、その孫が平将門(桓武平氏)。そして「平治の乱」(源義朝は平清盛に討たれ、その子、源頼朝は伊豆に流刑)この頃に「平清盛(日本最初の武家政権も)」を礎とする平氏一族が台頭しますが、しばらくして「源平合戦」が始まり、壇ノ浦の戦いで源氏が勝利し平氏は滅亡します。
■上記以外を年代順に記載します。
「最澄が天台宗、空海が真言宗」、「竹取物語(日本最古の物語)」、「古今和歌集」、「土佐日記」、「蜻蛉日記」、「枕草子(日本最古の随筆)」、「源氏物語(世界最古の恋愛小説)」、「藤原道真(娘を天皇の后にし権力の頂点に)」、「平清盛が武士で初の太政大臣へ」「頼朝が鎌倉を本拠地へ」、「頼朝が義経と対面」、など。
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・中国は、このころから大きな内乱が続き「唐」が滅亡し「宋」が中国を統一。「陶磁器・青磁器」がさかんに輸出され、日本でも「宋銭」が多く発掘されます。ウィグル(モンゴル)、少し南下しドヴァーラヴァティー王国(現在のタイ付近)もこの頃。カラハン朝(イスラム系)もこの頃。アンコール朝も。
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・米大陸は、「アステカ文明」(メキシコの中央部)がこの時代の終わり頃に始まり、ピラミッドや象形文字、「太陽暦」などを使用します。
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・中東は、ビザンツ(東ローマ帝国)が世界の中心と呼ばれ、世界中から人や富が集まり大繁栄。ここで生まれた各種制度が世界の基準を作ってゆきます。ビザンツの貨幣単位には「ソリドゥス」「リブラ」があり、ソリドゥスの「Sに縦棒」を引いてドルマークに、リブラがルーブルやリラに。「Lに横棒」を引いてポンドになってゆきます。この頃中東近辺で世界中の富の7割を占めるまでに発展。「千夜一夜物語」「知恵の館」もこの頃。ノルマン人とも交流してゆきます。
ちょうど「アッバース朝」の頃ともかぶります。アッバース朝では、すべてのムスリムに平等な権利を認め、東西交易、農業灌漑の発展によって大繁栄、首都バグダードは当時の世界最大の都市としてイスラム黄金時代を築きました。その後、「セルジューク朝」となり、その拡大と小アジア(現在のトルコ)への進出とはビザンチン帝国を脅かし,十字軍遠征の起因となったようです。
そして、セルジューク朝から独立し急速に台頭したのが「ホラズム・シャー国」中央アジアから西アジアに及ぶ強国を建設し、当時、東方イスラーム世界の最強国になりましたが、チンギス=ハンに征服されます。
ムラービト朝(北アフリカからスペインでレコンキスタとも戦う)もこの頃。また、ファティーマ朝(アフリカ北やエジプト辺り)、カズナ朝(アフガニスタン辺り)もこの頃。
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・欧州は、封建社会です。フランク王国の分裂(後の仏・独・伊へ)。オットー 一世が「神聖ローマ帝国」でヨーロッパの基礎を作ります。「聖像崇拝禁止令」をきっかけに、キリスト教がローマカトリック(だいぶ後にここからプロテスタントが)とギリシャ正教会に分かれます。「レコンキスタ」(イベリア半島の国土回復運動でイスラム排除、15世紀後半まで続きます)が始まります。「カノッサの屈辱」(叙任権闘争が原因で、結果教皇の力強まる)、この頃の終盤の「第一回十字軍」にも繋がり、エルサレム王国の建国へ向かいます。意外ですが庶民には物々交換が多くあったようです。この頃ノルマン朝のイングランド王国が建国します。ノルマン人(ヴァイキング)が海上から移動・流入してくるのもこの頃です。スペインの後ウマイヤ朝もこの頃。また、キエフ公国(キエフ大公国、キエフルーシとも、ロシア南部の国でこの時期の終盤モンゴル族に滅ぼされました)もこの頃。アラゴン王国(スペイン南部、イタリア)もこの頃から(1700年頃まで)。カスティリャ王国(レコンキスタの中心)もこの頃。
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◆1200年の少し前〜1300年過ぎ 日本は武家(源氏)政権。史上最大「モンゴル帝国」と「十字軍」の時代。
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十字軍

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・日本は、平氏が滅亡し、源頼朝が「鎌倉幕府」を成立させ天皇と武士の力関係が逆転(その後、北条2代目の「承久の乱」で完全逆転)します。ただ、源氏は長く続かず、北条時政が鎌倉幕府の「執権」(鎌倉殿を助け政務を統轄)となり、執権職を北条氏が世襲独占、将軍職は公家や皇族を京から迎え名目だけの地位に、北条氏の実権は17代(正式には16代)まで、後醍醐天皇の命により新田義貞が滅亡させるまで続きます。(先に足利尊氏が六波羅探題を先に潰していますのできっかけは足利氏) いずれにしても、頼朝から始まった武家政権は、徳川慶喜の大政奉還まで続くことになります。
ちなみに、「源氏(清和源氏)」は、武家棟梁の家柄のため、「姓である源」を名乗っています。しかし、室町幕府の足利氏を筆頭に、新田氏、武田氏、佐竹氏、山名氏、細川氏、畠山氏、木曽氏、今川氏、土岐氏、小田氏(実は清和源氏)、、、なども、清和源氏の子孫とされていますが、姓である「源」は公文書だけで名乗り、通常は「名字の足利や新田」を名乗っていました。
■上記以外の事象を年代順に記載します。
「奥州合戦で奥州藤原氏、源義経が滅亡」、「頼朝が征夷大将軍に」、「北条政子の二人の子供が鎌倉2代3代の将軍に」、「北条時政(政子の父)が鎌倉幕府の執権となり執権政治がはじまる」、「北条政子が尼将軍に」、「承久の乱(政子の激もあり、義時や鎌倉勢が上皇に朝敵となり反逆、後鳥羽上皇島流し)」、「京都に六波羅探題(京都の動きを監視)を設置」、「御成敗式目(初めての武家法、江戸時代まで続く)」、「元の襲来(嵐の影響もあり撤退)」等。
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・中国は、北方遊牧民「女真」が「宋」の北部を奪い「金王朝」を、残りは「南宋」に。その後が「モンゴル帝国」。「チンギス・ハン(ハンは大族長)」がモンゴルを統一しモンゴル帝国の礎が始まります。宋の時代に生まれた三大発明「火薬」「羅針盤」「印刷術」などが西へと伝わり、東西交流の結びつきを強め、ヨーロッパが抱いた東アジアへの憧れが後の「大航海時代」の原動力になってゆく時代です。モンゴル帝国は最終的にユーラシア大陸のほぼ全域を支配し、「人類史上最大の帝国」を築きます。モンゴル帝国が、ヨーロッパとアジアとの関係を緊密にし、「世界史はモンゴル帝国から始まった」という学者もいるようです。しかし、彼らの支配は投降した国を虐殺することはせず、支配自体も割と緩やかで、ある意味、遊牧民らしい広がりだったようです。また、最大のハンはクビライであるという学者が多いようです。
「タタール※のくびき」
としてロシアがモンゴル帝国に支配され始めるのもこの頃です。キプチャク=ハン国(モンゴル)もこの頃。※タタールとは日本では韃靼(ダッタン)とも。
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・米大陸は、「クスコ王国」から「インカ帝国」(アンデス山脈にあり、アンデス文明の最後の文明)最盛期にはエクアドルからチリまでの大帝国。太陽神を信仰し君主制。巨石文化や黄金細工、織物などの高い文化があったが文字はなかったようです。
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・中東は、サラディン(クルド系)がアイユーブ朝(エジプト/シリア/イエメン)を建国。モンゴル帝国(イルハン朝)の影響を受けながら、オスマン帝国(トルコ系)がぎりぎり成立する頃です。エジプトではマムルーク朝というイスラム政権ができ、1500年過ぎまで続きます。イル(二)ハン朝もこの頃。
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・欧州は、人口の9割以上の農民が、まだ物々交換も行っていましたが、生産力が上がり余った農産物を販売しようと商業が生まれると少しずつ土地を多く要望することになります。
その頃のエルサレムは聖地となっていました。ユダヤ教の「嘆きの壁」、キリスト教の「聖墳墓教会」、イスラム教の「岩のドーム」があったためです。それぞれ平和に共存していましたが、エルサレムがイスラム勢力に占領されビザンツへも攻められ、その助けをローマ教皇に依頼します。そこでローマ教皇は「聖地奪還」を呼びかけ「十字軍」が結成されます。十字軍はだんだん「聖地奪回」という目的を忘れ土地や財を求めだす人がいながらも「エルサレム王国」を建国します。その過程ではコンスタンティノープルを占領したり、多くの悪事を働き、財宝を奪取し、イスラムやユダヤ教徒のたくさんの命を奪い、200年にわたり合計7回の十字軍遠征が行われることになります。貧しい欧州の軍にとっては、豊かな中東の生活を垣間見、目からうろこの状態で浮足立っていたかもしれないと個人的には思っています。
結局、十字軍でローマ教皇は信頼をなくし権威を失い、各地の領主たちは戦費がかさみ没落します。しかし、十字軍の物資輸送を担当したイタリアの海港は、莫大な富を築き、内陸部に交易路が広がり、各地に「遠隔地貿易」を行う商業都市が誕生しました。イギリスでは法制度「マグナ・カルタ」が。この時期の終わりごろに「モスクワ大公国」が始まり、1600年頃のロマノフ朝まで続きます。
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◆1300年過ぎ〜1550年頃 戦国時代の切っ掛け。ペスト、百年戦争、ルネサンス、宗教改革も。国境という概念が。
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・日本は、この時から「南北朝時代」に入ります。そもそも南北朝動乱の原因は、鎌倉時代に正統の「87代四条天皇」が若くして亡くなったため、近い系統から「88代後嵯峨天皇」が即位することになります。(ちなみに四条天皇と後嵯峨天皇の祖父同士は兄弟で、その兄が壇ノ浦で入水した本筋の安徳天皇です)そのため、88代後嵯峨天皇の子供の代から、兄が89代深草天皇(北朝の祖)、弟が90代亀山天皇(南朝の祖)にと交互に天皇になるという曖昧な形になってしまいました。(両者の勢力争いがあり面倒になった鎌倉幕府が、なら交互にやれ、ということで始まったようです)。
その後、96代の後醍醐天皇(南朝)が即位すると、後醍醐天皇は新田義貞らを使い鎌倉幕府を滅亡させてしまいました(足利尊氏がその前に六波羅探題を潰していますが)。ここから南北朝が始まります。後醍醐天皇は「建武の新政」で政治の実権を握りましたが、尊氏と揉め結局3年で崩壊してしまいます。その後、南朝(新田など)北朝(足利など)の争いで足利尊氏が勝ち、尊氏は征夷大将軍になり「室町幕府」は始まります。金閣寺を作った3代目の足利義満の時に50年程続いた南北朝は統一されます。ちょうど100代目の後小松天皇の時です。
時は過ぎて、「応仁の乱※」(京都全土が破壊的被害)が、山名宗全(新田の子孫)と細川勝元(足利の子孫)の対立から将軍後継者争いなども絡み約10年の間、争い続けることになります。(足利氏と新田氏の先祖は兄弟同士)た。その結果、幕府の権力は12代の頃には完全に失墜してしまいます。
※応仁の乱の原因は、足利8代義政の時に、斯波氏と畠山氏の対立から始まり、その後、将軍派と大名派の派閥争いに発展、後に日野富子も関連した「文正の政変」で将軍の力が弱体化します。すると力をつけた大名派内で、もともと仲間だった山名宗全と細川勝元の勢力争いに発展し、上御霊神社で戦いは始まってしまいます。山名(西軍)と細川(東軍)に分かれた戦いは各地からの援軍もあり約10年間も続き、歴史ある京都は焼け野原になってしまいました。
しばらくして「北条早雲(後北条の祖)」が伊豆の後、小田原城を奪取し、続いて「斎藤道三」が美濃を支配し時代は戦国の世へと向かいます。織田信長が生まれた頃でもあります。
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・中国は、「元」から「明」の時代。相変わらず「モンゴル帝国」の影響は大きい時代です。チャガタイ・ハン国もこの頃。オイラト(モンゴル民族の有力部族)もこの頃。
タイ方面では「アユタヤ朝」が出来1750年頃まで続きます。
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・米大陸は、引き続き「インカ帝国」「マチュピチュ」もこの頃ですが、欧州発、大航海時代の被害にあい始める頃です。
その後、北アメリカ大陸、メキシコ、カリブ海付近は「ヌエバ・エスパーニャ副王領」となり、(1519年から1821年まで)スペイン帝国の副王領として支配されます。
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・中東は、「ビザンツ帝国」から「オスマン帝国」へ変わる時代です。オスマン帝国 vs ヨーロッパ連合の戦いでオスマン帝国が勝利し、コンスタンティノープルが陥落、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は、オスマン帝国が滅亡させます。コンスタンティノープルはイスタンブルに改名します。
インドはスルタン王朝(5つの王朝)で、奴隷王朝、ハルジー朝、トゥグルク朝、サイイド朝、ロディー朝(デリー=スルタン朝)。これらの王朝はロディー朝がアフガン系であるが他はトルコ系でした。インドのイスラーム化が進み、次のムガル帝国の出現を迎えることとなります。ティムール王朝もこの頃。
インド南部では、ヴィジャヤナガル王国(ヒンドゥー王朝)が始まり(1336年 - 1649年)ます。
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・欧州は、ペスト(黒死病)、ペスト菌を媒介するクマネズミ(欧州にはいなかった)は、十字軍が西アジアから持ってきてヨーロッパ全土に広がったという説があるようです。ここで他民族よりペストの被害が少なかったユダヤ人は「ペストの原因はユダヤ人だ」と非難され酷い迫害を受けることに。この時にもユダヤ人の大虐殺があったようです(これが5回目?のユダヤ人迫害)ユダヤ人の被害が少なかったのは彼らが清潔だったからともいわれています。

ついに「レコンキスタ」により土地は広げられると知った欧州人(特にスペイン、ポルトガル人)は、レコンキスタ終焉後も新しい土地を外部に求める動きが活発になります。ポルトガルはアフリカ大陸南端の喜望峰をまわってインドに到る航路を開拓、香辛料貿易を独占します。また、コロンブスのアメリカ大陸に到着(最後までインディアスだと信じていました)、一行は、発見した土地を勝手にスペイン領であると宣言し先住民(モンゴロイド系)を弾圧・虐殺してしまいました。その後、多くのスペイン人もアメリカ大陸に進出してゆき、アステカ、マヤ、インカなどアメリカ大陸独自の高度な文明は歴史から抹殺されてゆきました。(アステカは天然痘も)
イギリスとフランスの間では「百年戦争」が、フランス王国の王位継承とイングランド王家がフランスに持つ領土をめぐった争い。終盤には「ジャンヌ・ダルク」が救世主として現れ快進撃をつづけるもパリの解放に失敗し火刑されてしまいます。国境の概念が出来たのはこの頃??のようです。

「ルネサンス」もこの頃です。ルネサンス以前の絵画はキリスト教を題材にした宗教画が中心でしたが、14世紀なるとルネサンスで一転、神話などの古典を題材にしたり写実的な「人間とは」という描写へと変化していきます。原因はペストにより人の命の儚さを身近に感じたこともあるようです。
ルネサンスの後期「宗教改革」が始まります。それまで、ローマ教会の思想が支配していましたが、十字軍の遠征に失敗ローマ教皇の権威を失墜。また、サン・ピエトロ大聖堂を建築するための莫大な資金をまかなうため、「免罪符」を大々的に販売していた背景もあるようです。「マルティン・ルター」は、そんな教皇に異議をとなえ、信仰を教皇ではなく聖書に求めました。するとルターへの支持が普及し、「グーテンベルクの活版印刷」も功を奏し聖書は爆発的に広がります。こうしてカトリック教会に反抗して生まれたのが「プロテスタント」です。
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◆1550年〜1600年  戦国時代。大航海時代スペインがインカの銀で、ポルトガルが奴隷で富を。立憲王政・絶対王政の時代。
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・日本は、北条早雲が小田原城を、斎藤道三が美濃を奪い戦国時代の幕開け。「信長・秀吉の時代」となります。ザビエルが布教で来日するのもこの頃。
■この時代の事象を年代順に記載します。
「川中島の戦い」、「織田信長が尾張を統一」、「信長時代のはじまり」、「桶狭間の戦い」、「足利義昭の上洛で信長が畿内を平定」、「姉川の戦い」、「石山合戦」、「比叡山延暦寺の焼き討ち」、「三方ヶ原の戦い」、「武田信玄が病死」、「足利義昭が追放され室町幕府が崩壊」、「一乗谷城の戦い」、「小谷城の戦い」、「長篠の戦い」、「安土城を築城」、「楽市楽座」、「上杉謙信が病死」、「この頃から信長は天下統一を目指し、中国地方は羽柴秀吉、山陰地方は明智光秀、北陸は柴田勝家、関東は滝川一益、さらに四国討伐計画(これが信長殺害の要因という人も)と勢力拡大へ」、そして「本能寺の変」。 
ここからが「秀吉の時代」、「山崎の戦い」、「清洲会議」、「太閤検地」、「賤ヶ岳の戦い」、「石山本願寺の跡に大阪城を築城」、「小牧・長久手の戦い(和睦)」、「四国平定」、「羽柴秀吉が関白・太政大臣になり豊臣性へ」、「聚楽第完成」、「バテレン追放令」、「刀狩令」、「全国を統一」、「朝鮮出兵」、「秀吉が病死」「関ヶ原の戦い」で、戦国時代が終焉を迎えます。
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・中国は、明の終盤、後金、清の始まりの頃。
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・米大陸、「アステカ文明」は、スペイン人により突然、征服され滅亡しました。「マヤ文明」は、スペイン人に対して頑強に抵抗しましたが征服され、スペインに併合されました。「インカ帝国」は、スペイン人が、わずかな部下を率いて進撃し、インカ帝国の後継者を殺害され滅亡しました。その間、とてつもない量の銀を奪いスペインを豊かにさせ、免疫のない病気を持ち込み多くの被害者も出しました。スペインは南米侵略以降、暴虐の限りを尽くし、先住民を虐殺すか、病死させるか、奴隷にした結果、純血はすでに絶滅してしまったとのことです。現在は混血の子孫が残っているようです。それぞれの高度な文明は一瞬のうちに滅亡してしまいました。ちなみにアメリカ大陸のアメリカとは「アメリゴ・ヴェスプッチ」というイタリアの冒険家からとったものらしいです。
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・中東は、オスマン帝国一色ですが、インド寄りでは「ムガル帝国」(ムガルとはモンゴル人という意味)が勢力を伸ばします。モンゴルが語源になっていてもムスリム寄りの帝国ですが、非ムスリムも役人に取り立て人頭税も廃止するなど緩やかな支配でした。また、第5代皇帝によって建てられた「タージ・マハル」は「インドの至宝」とも呼ばれインド・イスラーム文化の代表的建築です。サファヴィー朝もこの頃で、ペルシアを支配したイスラーム王朝で1700年過ぎまで続きます。
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・欧州は、スペインがインカの銀で、ポルトガルは奴隷でぞれぞれ富を築きます。南米にはスペイン、ポルトガル人が増えてゆきます。スペインはフェリペ二世が、イギリスではエリザベス一世が立憲王政、フランスではルイ14世が絶対王政で統治します。スペインの無敵艦隊を駆逐したイギリスが追い上げ、フランスも続きます。イギリス国教会もこの頃。フランスは欧州で勢力を拡大し欧州の中心国に。イギリスは海外貿易、海外市場に進出をして、アジアやアメリカなどでフランスと植民地の争奪戦を繰り広げることになります。
元はスイスの一地方領主だったハプスブルク家が、カエサルの末裔ということで、「神聖ローマ帝国の皇帝」を世襲し、政略結婚によりヨーロッパ各国の王家にもなり栄華を極めます。最後の宗教戦争と言われた「三十年戦争」(カトリックとプロテスタントの争い)」でドイツは荒廃します。
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◆1600年〜1850年過ぎ 安定した徳川政権。アメリカの始まり独立とフランス革命(王政から市民へ)、三角貿易(黒人が米大陸へ)、産業革命(農から工へ)。欧州発の革命で世界中が大きく変わる。
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・日本は、関ヶ原の戦いで戦国時代に終わりが見え、「徳川」一色の時代となり1603年〜1868年まで続き、その後、日本が大きく変わってゆく前の安定段階です。
■この時代の事象を年代順に記載します。
「徳川家康が征夷大将軍となり江戸幕府を開く」、「キリスト禁教令」、「大坂冬の陣」、「大坂夏の陣(豊臣滅亡)」、「家康が死去」、「第一次鎖国令〜第五次鎖国令」(その間に「参勤交代」「島原の乱」)、「鎖国体制の完成」、「明暦の大火」、「宝永大噴火(富士山が噴火)」、「全国的に寺子屋が広まる」、「享保の改革」、「参勤交代の廃止」、「享保の大飢饉」、「加賀騒動」、「全国的に藩校が広まる」、「田沼時代」、「杉田玄白(解体新書)」、「平賀源内(エレキテル)」、「天明の大飢饉」、「寛政の改革」、「ロシアのラクスマン、レザノフが通商を要求(幕府拒否)」、「間宮林蔵(間宮海峡を発見)」、「伊能忠敬(大日本沿海輿地全図)」、「異国船打払令(中国とオランダ船以外)」、「天保の大飢饉」、「大塩平八郎の乱」、 「緒方洪庵(適塾)」、「天保の改革」、「人返しの法」、「イギリス・フランス・オランダ・アメリカ船が来航して通商などを要求(幕府拒否)」、「阿部正弘が老中筆頭に」。
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・中国は、「後金」から「清」一色の時代。
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・中東は、「オスマン帝国」一色。インド寄りでは「ムガル帝国」でしたが、インドをイギリス政府が直接統治しだすと、ムガル帝国最後の皇帝バハードゥル=シャー2世は捕らえビルマに流刑、これでムガル帝国は滅亡します。
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・米国(ここから米国に変更)、まず「アメリカの始まり」は、コロンブスがアメリカ大陸を発見し、その後、イギリス、フランス、スペイン、オランダ、スウェーデンが次々にアメリカ各地を植民地化してゆき、イギリスのピューリタン(清教徒)が「メイフラワー」でアメリカに移住して本格的になってゆきます。しかし、現地人のインディアンと白人入植者との戦い、北米でのヨーロッパ諸国による覇権争いが始まります。それらは、インディアン戦争、第二次〜第四次インディアン戦争、第三次植民地間戦争、他多数、フレンチ・インディアン戦争と続きます。
ついには、イギリス対フランス・スペイン連合による北米での覇権争いで、イギリスが勝利しパリ条約でイギリスが覇権を握ることに。ところが、「ボストン茶会事件」(他にも砂糖法、印紙法、タウンゼンド諸法等)をきっかけにアメリカ独立戦争に発展し、フランスの支援を受け(パリ条約でイギリスは独立を認め)コモン・センスの影響もあり「アメリカは独立宣言」(人民主権、連邦制、三権分立を柱)をしました。その後もイギリスからの割譲、フランス・スペインから買収、メキシコからの割譲および買収でどんどん国土は広がってゆきます。ちなみに「カリフォルニア州、アリゾナ州、コロラド州、ニューメキシコ州、ワイオミング州」などは元メキシコ。
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・欧州は、全世界を大きく変える大革命が続きます。
まず「フランス革命」、王政やブルジョア社会に不満を持った民衆(三権分立や人民主権の啓蒙思想、小麦の不作、アメリカへの支援負担増やアメリカの独立などが影響)が「バスティーユ監獄」になだれ込み(武器を取るため)始まります。「自由、平等、民主主義の革命」は長期にわたりフランスを大きくゆすがし、ロベスピエール(下層階級ジャコバン派)の「恐怖政治」でルイ16世と妻のマリー・アントワネット、数多くの貴族・聖職者が殺害されました。
ちなみに今よく使われる「右翼」「左翼」という言葉はフランス革命から生まれたともいわれています。議会の席で、今の国王体制を守ろうという保守派の議員が議長から向かって右側に、逆に今の国王体制を打破しようとする議員は左側にそれぞれ座っていたから。その後、それらの考え方を「右翼」「左翼」と呼ぶようになったとのことでした。

その後ナポレオンが登場しヴァンデミエールの反乱で大胆な砲術で鎮圧、そこから展開が大きく変わってきます。この革命が、各国の市民革命、イギリスの産業革命にも影響を与えることになります。その後も、フランスは19世紀中盤の7月革命、2月革命を経て混沌を極め近代国家を作ってゆきます。これらの革命は世界の近代国家を作るきっかけになった大変重要な歴史だと思っています。
世界最初の「株式会社」もこの頃オランダの東インド会社で出来ています。生身の「人」ではなく「法人」という有限責任の概念を作り出しました。また、世界最初の近代銀行は、スウェーデンのストックホルムにこの頃できています。つまり今までのように価値のある金属ではなく、単なる紙に信用を印刷し「紙幣」として信用の証(お金の情報)を流通。

「ナポレオン」は、フランス革命に参画しますが、「ロベスピエール」の残虐さに距離を置き始めると民衆の支持も得てナポレオンが急浮上。イタリア征服(エジプトも一部)の時には、多くの領土、多額の税や戦利品を得、帰国時にはフランスでは大歓迎、一気に英雄へと。この中には大変貴重な美術品も多く、それらが現在のルーブル美術館の元になっています。その後、第一統領選で断トツのトップ当選(300万票 対 1500票の大差)、最終的には皇帝にまでなってしまいます。しかし、彼は王政を否定してフランス革命に加わったにも関わらず、王を超えた皇帝(男性中心、奴隷復活のナポレオン法典も)になり、自分の一族を周辺国の国王にしヨーロッパを支配、これでは矛盾しているという人もいます。事実ベートーベンはナポレオンをたたえる曲「ボナパルト」を作曲しましたが、完成後ナポレオンが皇帝になったため怒り、タイトルをナポレオンとの関係をなくし単なる「英雄」に変えたという逸話もあるようです。
その後も快進撃が続きますが、ロシアの冬将軍に惨敗し皇帝を退位、エルバ島へ。(ロシアの冬将軍に負けたのは後のヒトラーも同じでした)ナポレオンがいなくなったフランスでは再度ルイ18世の王政が復古してしまいますが、早速、財政難に、そこでまたナポレオンが呼び戻されます。ところが今度は他国に勝てず100日天下となりセントヘレナ島へ流されそこで生涯を終えました。

「三角貿易」大西洋を挟み3地域(欧州、アフリカ、米大陸)で行われた貿易。アフリカから黒人奴隷をアメリカ新大陸・西インド諸島に運び、そこから欧州にタバコや綿花、砂糖などを運びました。イギリスはこの三角貿易で得た富を資本として産業革命を推進する財源としました。アメリカ大陸での労働力の不足が、西アフリカを中心とした「奴隷貿易」につながっています。欧州諸国は西アフリカの国々で捕虜になった人々を奴隷として買い求めました。3世紀にわたったこの貿易で、1000万人を超えるアフリカの方々が連れ去られたといいます。17世紀、ヨーロッパからアフリカへは、布製品や、武器が輸出されていました。その積み荷を降ろすと船には、荷物以外にも奴隷たちがたくさん乗せられていました。奴隷たちは大農園で、砂糖、タバコ、綿花などを安く生産するため、働かされることになるのです。そして生産された商品は、欧州各国に運ばれます。欧州諸国はこの貿易で、大きな利益を得ました。ちなみに、これが世界中に黒人の方々が広がる最初のきっかけでもあります。

そして、「産業革命」イギリスはインドから綿花を輸入し国内で綿織物を生産しようとします。安価に仕上げるには効率を上げる必要があります。その要望を満たすように手動の紡績機械が発明されますが、さらに効率を上げるため発明されたのが「蒸気機関」、これが産業革命の核になってゆきます。その後、スティーブンソンにより「蒸気機関車」が開発され600人を乗せて移動できました。人だけではなく「石炭」「鉄鉱石」も1回で多く運ぶことが出来るようになります。イギリスには海外との貿易で蓄えた資金があり、その資金でリバプール港で仕入れ、近くのマンチェスターで製品にしてどんどん販売し、さらに資金が潤沢になってゆきました。人口も一気に増えてゆきましたが、同時に公害や労働条件の悪さ(女性や子供を長時間安価に雇う)ことも問題になりました。しかし、ロンドンには大銀行も出来、人の流入が大都市に集中してゆき、国の形態が大きく変わってゆき「時間で働く」という概念が生まれ今に続いています。ビック・ベンの時計はその象徴で、時が「農」中心の太陽から、「工」中心の時間に変わったわけです。この頃イギリスは「世界の工場」と呼ばれ、世界中どの国でもこのような変革は起っていませんでした。

また、ロシアが大きく国土を広げる時代で、イワン雷帝がカザン(ボルガ川付近)からシベリア西部まで、ピョートル大帝は太平洋のカムチャッカ半島と千島列島も獲得し、サンクトペテルブルグに首都を置きました。その後、ロシアはシベリア、ウクライナ西部、リトアニア、ポーランド、タタール、クリミアを自国に組み込み、グルジア、アゼルバイジャン、中央アジアの広大な地域もロシア帝国の一部となりました。さらに、ナポレオンの進軍も冬将軍で寄せ付けずロシアの強さを見せつけました。しかし、クリミア戦争ではイギリス、フランス、トルコの連合軍に負け、ロシアの南下政策の肝であった黒海周辺での力の低下となりました。このクリミア戦争で逃げ出したウクライナ人達が後のコサックになってゆきます。ロマノフ朝もこの頃。
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◆1800年〜1900年 日本の四大変革期の三度目(日本の近代化)。ビスマルクが変えた日本。帝国主義の列強が世界を四分割(極東、アジア、アフリカ、北アメリカ)、アメリカの発展。
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・日本は、江戸時代後期から明治維新、新しい日本が出来上がってゆく時代。
「アメリカ使節のペリーが浦賀に来航」「日米和親条約・日米修好通商条約調印」「安政の大獄」そして「桜田門外の変」を境に幕府の力が弱まり「大政奉還」「王政復古」と続きます。この時代が「日本の四大変革の三度目」です。
その後、日本人は日本の未来を変える人物に出会います。それが鉄血宰相と呼ばれた「ビスマルク」(当時はプロイセン首相)です。出来たばかりの明治新政府は、欧米諸国へ岩倉使節団を派遣します。一行はビスマルクと会見し、「国際関係の基本は、ルールよりも弱肉強食の論理(力で勝ち取れ)」だと説かれ、大久保利通はじめ一行は、ビスマルクを「大先生」と呼んで影響を受け早速、模倣します。その後、日本は初めての本格的な対海外戦争(日清・日露)をはじめ、十五年戦争、太平洋戦争に大きな影響を与えた「統帥権の独立」もドイツ発のものです。この年代の最後に「日清戦争」が勃発します。この日清戦争で勝ち、遼東半島・台湾・澎湖諸島の割譲や賠償金2億テール(当時の日本の国家予算が8000万円の時代に約3億1000万円)などを得ました。このことが次の戦争(日露)へ安易に進んでしまった要因という方もおられます。

■この時代の事象を年代順に記載します。だいぶ割愛しましたが多くの日本を変えた事象が続きます。
ペリー黒船で浦賀に来航開国を要求(幕府の返答は翌年とする)」、「日米和親条約(鎖国廃止)」、「日英和親条約」、「日露和親条約」、「安政江戸地震(藤田東湖圧死)」、「日蘭和親条約」、「ハリスが下田着任」、「吉田松陰が松下村塾」、「井伊直弼が大老に」、「日米修好通商条約(井伊直弼は勅許を得ずに調印)」、「引き続きオランダ、ロシア、イギリス、フランスとも修交通商条約を調印」、「戊午の密勅(孝明天皇が水戸藩に勅諚し、安政の大獄のきっかけ)」、「安政の大獄」、「勝海舟・福沢諭吉が咸臨丸で渡米」、「桜田門外の変(井伊直弼が暗殺)」と「公武合体」により「尊王攘夷運動が全国に広まる」、「薩英戦争」、「八月十八日の政変」、「天狗党の乱」、「禁門の変」、「第一次長州征討」、「薩長同盟」、「第二次長州征伐」、「全国的に一揆・打ちこわしが多発」、「徳川慶喜が15代目将軍に」、「明治天皇が即位」、「大政奉還」、「王政復古の大号令」、「天皇主体の明治政府が誕生」、「戊辰戦争始まる」、「鳥羽・伏見の戦い」、「五箇条の御誓文」、「江戸城無血開城」、「会津戦争」、「上野戦争」、「江戸を東京と改称」、「五稜郭の戦い」、「戊辰戦争(明治政府が勝利して終結)」、「東京〜横浜間で電信が開通」、「首都を東京とする」、「版籍奉還」、「四民平等」、「蝦夷を北海道と改称」、「郵便制度が開始」、「貨幣単位を円・銭・厘の十進法にする」「廃藩置県」、「日清修好条規」、「散髪脱刀令」、「田畑の自由作付」、「岩倉使節団・欧米使節団(ビスマルクの影響大、統帥権が日本に)」「学制-義務教育」、「新橋〜横浜間で鉄道が開業」、「沖縄を琉球藩とする」、「富岡製糸場が開業」、「横浜でガス燈が点灯」、「太陽暦を導入」、「国立銀行条例」、「徴兵令」、「キリスト教が解禁」、「地租改正」、「明治六年政変」、「板垣退助らが自由民権運動が開始」、「警視庁が設立」、「台湾出兵」、「屯田兵」、「平民苗字必称義務令」、「(日露)樺太・千島交換条約」、「廃刀令」、「西南戦争」、「東京大学が設立」、「第一回内国勧業博覧会が開催」、「東京で電灯が点灯」、「大久保利通が暗殺」、「東京株式取引所が開業」、「郡制・府県会規則」、「琉球藩が沖縄県」、「明治十四年の政変」、「板垣退助が自由党を結成」、「板垣退助が襲撃される」、「日本銀行が開業」、「加波山事件」、「初代総理大臣に伊藤博文(閣僚は薩長土肥)」、「北海道庁を設置」、「枢密院の設置」、「大日本帝国憲法」、「国号が大日本帝国に」、「衆議院議員選挙法」、「皇室典範」、「初めての万歳三唱」、「東海道線が全線開通」、「府県制・郡制」、「第一回衆議院議員総選挙」、「教育勅語」、「第一回帝国議会」、「小学校の祝祭日の唱歌(君が代)を選定」、「日英通商航海条約(日本の国際的地位が飛躍的に向上)」、「李氏朝鮮で親日政権が誕生する」、「日清戦争」、「下関条約」、「三国干渉」、「貨幣法」、「労働組合期成会」、「政党内閣の誕生(第1次大隈内閣)」、「東京〜大阪間の長距離電話が開通」など。
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・中国は、アヘン戦争、日本の台湾への出兵、日清戦争(清が日本に敗れ東アジアの国際秩序が大きく揺れます)、義和団の乱(盧溝橋事件にもつながります)の頃です。
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・中東は、クリミア戦争 (ナイチンゲールによる看護で有名。ロシア vs フランス・イギリス・オスマン帝国の争いでロシアが敗北します。オスマン帝国、タンジマート諸改革で近代化。しかし、うまくはゆかずオスマン債務管理局を作るまでになります。産業革命などで豊かになり形勢が逆転した欧州からは「瀕死の病人」と揶揄されるまでに。その後のオスマン帝国滅亡に向かい進む時代でした。この頃、イギリスが次々と中東各国を保護国にしてゆきます。カージャール朝が勢力を広げる頃でもあります。
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・米国は、西部開拓も盛んになってゆきます。また、「アメリカン・ドリーム※」アメリカは勤勉と努力によって均等に成功の機会を与えるという独立宣言書に記された「幸福追求の権利」にて邁進し始めるころです。アメリカの北部は商工業中心、南部は奴隷を使用した農業が盛んとなります。
※アメリカンドリーム=リンカーン(大統領)、ロックフェラー(石油王)、モルガン(銀行王)、カーネギー(鉄鋼王)、フォード(自動車王)、ハリマン(鉄道王)、ピューリツァー(新聞王)など多数。
さらにいくつかのキーワードがあります。モンロー主義 (欧州の紛争には一切、干渉しない)、ゴールドラッシュ(米西部に金採掘者が殺到)、南北戦争(黒人奴隷を利用した自由貿易主張の南部と、保護貿易を主張の北部との対立で北部が勝利)、奴隷解放宣言(奴隷解放令、しかしこれによる直接の解放はゼロ)」、エジソンが数々の発明、第二次産業革命(自動車、電話、電車、蓄音機、白熱電球、映画、飛行機、飛行船、ラジオ、発電機、他多数)、米大陸横断鉄道の完成、自由の女神像が完成(合衆国の独立100周年を記念し、独立運動を支援したフランス人の募金によって贈呈)。スペインからフロリダ半島を購入、アラスカをロシアから買収、対スペイン戦でハワイ・フィリピンを併合します。ちなみに、南北戦争で使われなくなった多くの銃が日本に輸入され戊辰戦争で使われることになります。
この頃、南米では「シモン・ボリバル」が、スペイン系でありながら、南米大陸のアンデス5ヵ国を大航海時代にスペインに征服されてから初めて独立に導いた。その後、自身の財産を投げうって生涯をラテンアメリカの人々の解放と統一に捧げたため、ラテンアメリカでは「解放者」と呼ばれている。
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・欧州は、神聖ローマ帝国の滅亡から始まります。欧米列強が権益を分け合いアジア・アフリカが分割されてゆくのもこの頃です。イギリスのインド直接統治も始まります。
また、「ウィーン体制(各国の主権と領土をフランス革命以前の状態に戻すべき)」で、革命により権力を失っていた国王や貴族が、再び権力を握ることになったのですが、ウィーン体制にも不満が湧き出し三月革命で崩壊します。その頃、ドイツ連邦の中心国プロイセンの首相に「ビスマルク」が就任し「現在の大問題は、言論や多数決によってではなく、鉄と血によってのみ解決される」と強烈なリーダシップを発揮します。ビスマルクはドイツ統一を成功させ、ついにはにイギリスの工業生産を追い抜くまでになります。これに後の日本は大きな影響を受け、日清、日露、十五年戦争と進んでゆきます。大久保利通はビスマルクを「大先生」と呼び崇め真似していったことは事実のようです。
その頃ロシアでは不凍港を求めて南下政策を。イギリスのスチブンソンが蒸気機関車を発明。マルクス・エンゲルスの共産党宣言。イギリス・フランス・トルコがロシアと戦うクリミア戦争。イギリスのダーウィンが「種の起源」を著し、それまでの宗教ベース(アダムとイブ起源説)が覆され、人類・生物も環境で変化していったことが証明されますが、今でもこれは論争になているほどの根深さがあります。スエズ運河が開通し航路が大きく短縮されます。ドイツ帝国もこの頃成立し、ベルギーも独立します。そして、ノーベルが「ダイナマイト」を発明しその後の戦争にそれは大きな影響を与えることになってゆきます。ロンドンに地下鉄ができるのもこの頃です。
イギリスがオーストラリアを、まずは流人の大陸として、その後、統治するのもこの頃です。
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◆1900年〜1945年 日本四大改革期の最後(A)日本は十五年戦争で大陸に大きな影響を。世界は第一次世界大戦、安易に始めた戦争が世界大戦へ、戦争の世紀始まりの時代。
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・日本は、「日本四大改革期の最後(A)」に入ります。「日英同盟」(イギリスがロシアのアジア南下を防ぎたい)で始まります。その後が、「日露戦争」です。日露戦争は、朝鮮・満州の支配権をめぐり日本とロシアの間でおこなわれた戦争です。ポーツマスで講和条約が結ばれ、日本の勝利(勝ってないという方も多くおられます)となっています。日本は韓国の保護権が承認され、ロシアからは南樺太、南満州鉄道の利権、旅順・大連の租借権を得ることになりました。早速、「韓国を併合」してしまい、さらに満州でも鉄道経営を本格化させ、鉄道沿線の炭鉱の開発に乗りだします。これが、その後、日本の大陸進出を大きく前進させることになってしまいます。同じころ、「野口英世」が梅毒スピロヘータ純粋培養に成功、日米・日英・日独修交通商航海条約の「関税自主権の確立」、東京・大阪に「特別高等警察」を設置と続きます。その翌年、明治天皇が亡くなり文明開化の「明治時代」が終わります。

「大正時代」に入ると、世界を戦争の世紀にした「第一次世界大戦」がはじまります。これについては「第一次世界大戦」をご覧ください。その後、「関東大震災」、「治安維持法」、「普通選挙法」、「日本放送協会」が成立します。同じ年、大正天皇が亡くなり、対象デモクラシーと言われた民主化の大正時代が終わります。

「昭和」に入った途端、世の中は急にきな臭くなり矢継ぎ早に「張作霖爆死事件」、「満州事変」、「五・一五事件」、「満州国建国」、「国際連盟脱退」、「満州国で帝制を実施」、「二・二六事件(これを機に日本が軍独裁の道へ)」、「日独防共協定」、「日中戦争」、「盧溝橋事件」、「国家総動員法成立」、「綿糸配給切符制」、「第二次世界大戦勃発」「日独伊三国軍事同盟」(これまで別々だった日本とドイツの領土拡大の争いがつながり世界へ影響、英国が上陸されなかった原因、ドイツが敗れた原因でもあります)、「小麦粉・米穀・砂糖配給統制」、「大政翼賛会創立」、「東条内閣成立」、そして、ついに「真珠湾攻撃による米国の参戦により太平洋戦争」がはじまってしまいます。この先は、「東京裁判」「敗戦後」「反省」をご覧ください。

■この時代の事象を年代順に記載します。(だいぶ割愛しましたが、日本を変えた重要事象が非常に多くあります
「日英同盟」、「日露戦争」、「第二次日英同盟」、「ポーツマス条約」、「日比谷焼打事件」、「南満州鉄道株式会社を設立」「日本が三国協商の一員に」、「伊藤博文がハルピンで暗殺」「朝鮮(韓国)併合」、「小村寿太郎により関税自主権が完全回復」「国産初の飛行機が飛行に成功」、「清で辛亥革命(孫文)」、「乃木希典が殉死」、「第一次世界大戦」、「日本はドイツ帝国に対して宣戦布告」、「大戦景気」、「対華21か条要求」、「米騒動」、「第一次世界大戦の終結」、「以降も、日本は単独で戦争を続け、連合国側から領土拡張と疑われる」、「原内閣が誕生」、「平塚らいてう、らが新婦人協会を結成」、「国際連盟が発足する(日本は常任理事国)」、「戦後恐慌」、「原敬暗殺」、「ソ連が誕生」、「関東大震災と震災恐慌」、「日ソ基本条約」、「ラジオ放送開始」、「治安維持法」、「昭和天皇が即位」、「昭和金融恐慌」、「東京地下鉄が開業」、「張作霖爆殺事件」、「世界恐慌」、「昭和恐慌」、「満州事変(関東軍の独断)」、「東京飛行場(後の羽田)が開港」、「五・一五事件」 、「リットン調査団の調査報告と日本の国際連盟脱退」「二・二六事件」、「日独防共協定」、「日中戦争(盧溝橋事件がきっかけ)」、「日独伊防共協定」 、「南京攻略戦(南京大虐殺論争)」、「日本が南京に中華民国維新政府を樹立」、「国家総動員法」、「ノモンハン事件」、「第二次世界大戦」「日独伊三国同盟」「ABCD包囲網」、「日ソ中立条約」、「南部仏印(ベトナム周辺)進駐」、「アメリカが日本に対して石油の輸出を禁止」、「金属類回収令」、「東條英機が首相となる」、「ハル・ノート」「真珠湾攻撃(太平洋戦争始まる)」などです。

ここに関しては「戦争記憶の風化と映画」をご覧ください。

まだ続きます「国際連合が発足」、「アメリカのマンハッタン計画が成功(原子爆弾の実験成功)」「広島へ原子爆弾を投下」「ソビエト連邦が日本へ宣戦布告をする(日ソ中立条約を一方的破棄)」、「長崎へ原子爆弾を投下」、「ソ連対日参戦」、「ポツダム宣言を受諾」、「宮城事件」、「玉音放送」、「ソビエト連邦が南樺太へ侵攻」、「ソビエト連邦が択捉島を占領」、「マッカーサーが厚木飛行場に到着」、「シベリア抑留(日本人捕虜約60万人)」、「ソビエト連邦が国後島・歯舞群島を占領」、「日本が降伏文書に調印」「太平洋戦争の終結・連合軍が日本を占領」「マッカーサーが日本の分割を拒否する」「ソビエト連邦が色丹島を占領する(北方領土四島の占領)」などです。
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・中国は、「西太后による政治改革」から始まり、孫文による「辛亥革命」と続き、共和制の中華民国が成立します。モンゴルが清から独立するのもこの頃です。また、五・四運動(反日・反帝国主義運動)の後、孫文が死去すると、蒋介石率いる「国民党」が力をつけ、南京国民政府を樹立します。
この頃から日本との争いが始まりますので、概要だけを記載しておきます。「張作霖爆殺事件」、 「国民党が北京政府を倒し中国を統一」、「満州事変」、「共産党の毛沢東が中華ソビエト共和国を建国」、「日本が満州国を建国」、「共産党は国民党から逃れる為に大移動」、「日中戦争」、「第二次国共内戦・国民党(兵力430万人) vs 共産党(兵力120万人)」、「アメリカは国民党、ソ連は共産党を支援」、「共産党が中華人民共和国を建国(国家主席:毛沢東 首相:周恩来)」、「国民党の中華民国は台湾へ(総統:蒋介石)」、「国際連合が発足(常任理事国はアメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中華民国)などです。
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・中東は、第一次世界大戦のイギリスによる「三枚舌外交」で大きな被害を受けることになります。この点については「100年の悲劇を作った、三枚舌外交」をご覧ください。概要としては、イギリスが中東のオスマン帝国を攻略する為に「フサイン=マクマホン協定」でアラブ人国家独立支援。「サイクス・ピコ協定」でイギリス、フランス、ロシアで中東分割協定。「バルフォア宣言」でパレスチナにユダヤ人によるユダヤ国家を認める。という同時に実現できない約束をしたことにより、後の中東は紛争地域となってしまいます。
つまり、それぞれ同時に対応できない無責任な三枚舌外交を展開(マクマホン、バルフォア、サイクス、ピコ全員がロスチャイルド一族のユダヤ人)。戦後、どうにも収拾がつかなくなった英国は、国連に依頼することになり、依頼された国連はユダヤ人に多くの土地を与え、イスラエルという国家まで樹立させました(国連を仕切ってた米国ではユダヤ人富裕層が中枢を握っていたからとも)。この無責任な対応が不毛な4回にも及ぶ中東戦争、湾岸戦争以外にも80を超える戦争・内乱の原因・遠因を作り、膨大な数の難民や深刻な貧困を生むことに、近年は欧州にも大きな影響を与えることになりました。
また、日本の戦後1955年から1973年まで続いた日本の高度成長路線(成長率年平均10%を越えという、諸外国にも例を見ない急速な経済成長)が途絶えたのも、この第四次中東戦争によっておきたオイルショックがきっかけになっています。
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・米国は、第一次世界大戦後からアメリカが世界の中心となりますが、ロシアでは世界初の社会主義国家が誕生し、その後の米国および全世界に大きな影響を及ぼします。
アメリカは、世界恐慌をニューディール政策で乗り切り※ 第二次世界大戦はアメリカの参戦により連合国を勝利に導きます。※実際には戦争による利益が莫大だったようです。

■この時期の代表的な(世界を変えた)事象を時系列で記載します。
「第一次世界大戦」、「十四か条の平和原則」(アメリカ大統領ウィルソンによる平和原則)」、「ヴェルサイユ条約」(ヴェルサイユ体制が始まります)、「国際連盟(League of Nations)が発足」(常任理事国はイギリス、フランス、日本、イタリアの4カ国。アメリカは議会の承認が降りず不参加)、「ワシントン会議」(ワシントン体制が始まる)、「世界恐慌」(ニューディール政策)、「第二次世界大戦」「真珠湾攻撃」(日本がアメリカを攻撃+宣戦布告)、「ドイツがアメリカに宣戦布告」、「アメリカが連合国側に参戦」、「ノルマンディー上陸作戦」(連合国によるフランス上陸)、「ヤルタ会談」(連合国による戦後体制、国際連合の首脳会談)、「ドイツが無条件降伏」、「ポツダム宣言」、「ドイツはアメリカ、イギリス、フランス、ソ連で4分割」、「マンハッタン計画で原子爆弾開発成功」「広島・長崎に原爆投下」、「日本は連合国へポツダム宣言受諾を伝え無条件降伏」、「国際連合(United Nations)が発足」(常任理事国はアメリカ、イギリス、フランス、ソ連、中国)などです。
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・欧州は、英国の「三枚舌外交」が今に続く中東の混乱・内戦・テロ・難民のきっかけの1つにもなっています。
「レーニンの登場」(ソビエト社会主義共和国連邦の成立)。長期化した大戦に国民の不満が爆発したロシアでは1917年に「パンよこせ」から「戦争反対」「打倒専制」と広がり、「二月(三月)革命」で帝政が終わり、「十月(十一月)革命」でレーニンのもとソヴィエト政権が誕生します(二つの革命の総称がロシア革命)。レーニンはコミンテルン(国際共産主義運動の指導組織で、後にあの金日成も加入)を結成し、ロシアに亡命中の革命家たちを中心に世界中に社会主義・共産主義を広めてゆくことになり、それはスターリンに引き継がれます。その後の冷戦構造から起こった数々の波及も、現在の北朝鮮の影響もこれが大元でした。
世界初の無差別攻撃がドイツによりスペイン内戦中のゲルニカで起こりました。ピカソはこれに触発されゲルニカを制作。
そして全世界を変えたのは「ヒトラーの登場」これについては「悪魔ヒトラー」「ヒトラーと群集心理」をご覧ください。世界恐慌が全世界に影響を及ぼすのもこの頃です。

「ホロドモール」もこの頃。ソ連のウクライナ人が住んでいた各地域でおきた穀物の収奪による大飢饉で、スターリン飢饉とも。結果的に1450万人が死亡、つまりウクライナは人口の20%以上もソ連に殺されたことになります。
「ウクライナ蜂起軍」独ソ戦最中の1942年10月に結成され、戦後もソ連と戦った反体制組織。特に西ウクライナで、赤軍とドイツ軍の双方にパルチザン・レジスタンス活動を行いました。
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■1945年〜1952年 日本四大改革期の最(B)日本はゼロからの復興。イスラエル建国。冷戦と代理戦争始まりの時代。
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・日本は、戦争に負け焼け野原になりました。日本歴史上で初めてすべてを失ったという表現が正しいでしょう。早速、日本はGHQにより約7年間に渡り占領され、大きく変わってゆきます。この時期が「日本四大改革期の最後(B)」かと思います。
吉田茂首相の「戦争に負けて外交で勝つ」「防衛はアメリカに任せ、とにかく経済復興」の舵取りがうまくゆき?、池田勇人首相の所得倍増計画も含め日本は戦後、目を見張るような変化と成長を遂げてゆきます。つまり、過去の「富国強兵」から「富国」だけになったような感じでしょうか。そして日本は目覚ましい復興、高度経済成長、バブル経済と、経済的栄華を極めていく。また、朝鮮戦争特需により景気が回復する頃です。尚、「大戦後の世界」も併せてご覧ください。

■この時代に起きた(日本を変えたと思われる)事象を年代順に記載してゆきます。
「昭和天皇がマッカーサーを訪問(この訪問でマ氏は天皇や日本の対応を決めたとも)」、「GHQが設置される」、「特別高等警察の廃止」、「幣原首相が戦争の放棄をマ氏に提案」「GHQの五大改革」、「治安維持法の廃止」、「財閥解体」、「陸軍・海軍省を廃止」、「天皇人間宣言」、「天皇の国内巡幸」、「IMF設立」、「メーデー復活」、「東京裁判」「農地改革」「日本国憲法公布・施行」、「教育基本法」、「独占禁止法」、「労働基準法」、「児童福祉法」、「第一次ベビーブーム」、「韓国・朝鮮の樹立」、「吉田茂内閣の誕生」、「1ドル=360円の固定為替相場制」、「電波三法設置」、 「湯川秀樹がノーベル賞を受賞」、「ソと中国が同盟締結(日本を仮想敵国とする)」、「朝鮮戦争始まる」、「日本経済は朝鮮特需により景気が回復」、「国民所得が戦前まで回復」、「日米安全保障条約」、「サンフランシスコ平和条約が発効」など。


■個人的に気になっている事。(以下の解釈が正しいのかどうか??ご教示いただけませんでしょうか)

1,「統帥権」について。
統帥権=「戦争を指揮する権限で天皇の大権」簡単に言うと、内閣等を介入させず、天皇に直属する軍令部のみが(勝手に)戦争を始められる権利。立法、司法、行政の三権の上に立つ超越的な権力で、これが「統帥権の独立」。山県有朋が制度設計したと言われていますが、そもそものきっかけは、やはりビスマルクやドイツ憲法(バイエルンは軍の統帥権を認められていた)の影響らしいです。いろいろ勉強してゆくうちに、日本が十五年戦争を起こしてしまった要因は「統帥権の独立」だと思うようになってきました。最後に統帥権を持ったのは東条英機。東條は刑の執行直前に「統帥権マチガイ」というメモを残していたようです。
ここで1つ知りたいことがあります。この東条のメモで「統帥権マチガイ」と最後に書いてあってそうですが、それ以外には何が書いてあったのでしょうか。どなたか教えてください。

2,「東京裁判」で、米 フェラーズ軍事秘書官が、「マッカーサーの決定(天皇は必要)に従うべく天皇に罪がないことにするためには(さらに裁判を滞りなくするためと占領後の混乱を避けるためには)東條に全責任を負担せしめるようにすることだ」と言ったとされること。
また、「マッカーサーと天皇の会見」でのやりとりは、マッカーサー回顧録よりも、藤田侍従長の回顧録のほうが正しいのでは、と歴史の先生から伺ったので、忘備録としてここに載せておきます。

会見時の天皇の言葉とされるもの↓
「敗戦に至った責任が追及されているが、責任はすべて私(天皇)にある。文武百官は、私の任命する所だから、彼等には責任はない。私の一身は、どうなろうと構わない。私はあなた(マッカーサー)にお委せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の援助をお願いしたい」
その時のマッカーサーの反応を見た侍従長は
「一身を捨てて国民に殉ずるお覚悟を披瀝になると、この天真の流露はマ元帥を強く感動させたようだ」と。
さらに次のようなマッカーサーの発言を記しているようです。
「かつて、戦い敗れた国の元首で、このような言葉を述べられたことは、世界の歴史にも前例のないことと思う」とのことでした。

しかし、藤一利の「昭和史」によると、重臣らに和平を提案された昭和天皇は、「もう一度戦果を挙げてから」と答えたため沖縄戦、原爆投下につながった経緯がある、と書いています。

◆この辺り(それぞれ)の事実を知りたい。どなたか教えていただけないでしょうか。


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・中国は、「第二次国共内戦」で、国民党(兵力430万人アメリカが支援) vs 共産党(兵力120万人ソ連が支援)となり、共産党が勝利します。勝った共産党は中華人民共和国を(国家主席:毛沢東 首相:周恩来)、負けた国民党は台湾で中華民国を(総統:蒋介石)それぞれ建国します。
その後、中国はチベットを侵攻し合併します。 その頃、「朝鮮戦争」(北朝鮮 vs 韓国)が始まり中国は北朝鮮を支援します。また、中ソ友好同盟相互援助条約で、中国とソ連の軍事同盟/経済協力が決まりますが、その後の中ソの対立で形骸化してしまいます。
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・中東は、アラブ連盟(アラブ人によるアラブ諸国家連盟)やシリア共和国が成立で始まります。また、「パレスチナ分割決議」(パレスチナの56%をユダヤ人、44%をアラブ人の土地とする国連決議案。しかし、パレスチナに居住するユダヤ人はアラブ人の約1/3でユダヤ人に有利な案でした。聖地エルサレムは国際連合による信託統治となります。そして「イスラエルが建国(ユダヤ人の国)」されると早速「第一次中東戦争」が始まってしまいます。ここからがこの戦争が連綿と続くことになります。
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・米国は、第二次大戦、太平洋戦争が終了して始まる時代ですが、早速、朝鮮戦争が米VSソ・中の代理戦争として始まり、東西冷戦時代の幕開けの時代でもあります。

■この時代の事象を年代順に記載します。
「連合国(GHQ)が日本を占領」、「東西冷戦(アメリカ陣営:西側 vs ソビエト陣営:東側)」「代理戦争の始まり朝鮮戦争」、「フィリピンがアメリカから独立」、「国際連合によりイスラエルが建国」など
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・欧州は、「大戦後の世界」をご覧ください。
それ以外の主な出来事は、「イギリス、フランス、ソ連などで核実験」がさかんに行われるようになります。また、インドがイギリスから独立し、アパルトヘイト(南アフリカでの人種隔離政策)もこの頃です。さらに、国際連合によりイスラエルが建国。ドイツ民主共和国(東ドイツ) / ドイツ連邦共和国(西ドイツ)が成立するのもこの頃です。
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■1952年〜1989年 日本は特需、オリンピック、公害、バブル。文化大革命、天安門事件。オイルショック。冷戦、キューバ危機で世界が怯える時代、そしてゴルバチョフの登場。
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・日本は、「朝鮮戦争特需」により景気が回復する時代で、1954年から1973年(中東戦争で止まるまで続く)にかけて超高度経済成長を遂げました。
その間、「東京オリンピックの開催」「国民総生産(GNP)が世界2位」となり、第1回先進国首脳会議(サミット)に参加するなど先進国の地位が不動のものとなります。しかし、経済成長の犠牲としては「四大公害病」などの公害病が発生します。水俣病が今に続くのも、安保闘争、過激派が増えだしたのもこの頃です。G5によるプラザ合意の影響で国内の輸出産業が大打撃となりますが、その対策として行った低金利政策を実施が裏目となり株・不動産が高騰する事になってしまいま、「バブル景気」が始まり出します。

■この時代の事象を年代順に記載してゆきます。
「テレビ放送開始」、「アメリカの水爆実験(ビキニ環礁)で第五福竜丸(漁船)が被爆」、「自衛隊法」、「高度経済成長(東洋の奇跡・経済成長率(年間)が平均10%を超える急速な経済成長)」、「三種の神器(白黒テレビ、冷蔵庫、洗濯機)」、「国民総生産(GNP)が世界2位へ」、「代償として公害病が発生」、「財閥の復帰」、「原水爆禁止世界大会」、「自由民主党が結党」、「日ソ共同宣言」、「国際連合に加盟」、「第1次南極観測隊が昭和基地を設置」、「東京タワー完成」、「国民年金法」、「安保闘争」、「日米安全保障条約、日米地位協定が発効」、「ベトナム戦争始まる(沖縄などに影響)」、「首都高速道路が開業」、「東海道新幹線が開業」、「東京オリンピックが開催(アジア初)」「日韓基本条約」、「小笠原諸島がアメリカから返還」、「核拡散防止条約(NPT) 米露英仏中以外の国は核保有禁止」、「ポケベル始まる」、「全共闘運動」、「宇宙開発事業団を設立」、「大阪万博(アジア初の国際博覧会)」、「よど号ハイジャック事件」、「ニクソン・ショック」、「第二次ベビーブーム」、「あさま山荘事件」 、「アメリカから沖縄が返還」、「日中共同声明」、「第一次オイルショック(日本の経済成長が終わる)」「為替レートが変動相場制へ」、「第1回先進国首脳会議(サミット)」、 「ロッキード事件」 、「第二次世界大戦における戦後賠償が終了(北朝鮮を除く)」、「成田空港開港」、「日中平和友好条約」、「自動車電話サービスが開始(世界初・今の携帯電話つながる)」、「コンパクトディスク(CD)が発売(世界初)」、「筑波万博開催」、「G5がドル安を推進(1ドル240円から1年後には120円)」、「日経平均最高値」、「バブル景気(実体のない好景気。総量規制や消費税などで崩壊)」、「携帯電話サービスが開始」、「国鉄分割民営化」、「リクルート事件」など。
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・中国は、平和五原則(中国の周恩来とインドのネルーによる原則)で始まりますが、すぐに「ベトナム戦争」です。ベトナム民主共和国(北でソ連と中国が支援) vs ベトナム共和国(南でアメリカが支援)、長期に渡りますが北の勝利で終わります。その後が「文化大革命」です。毛沢東による政権復権運動で弾圧、虐殺など数百万人の犠牲者が出てしまいます。アルバニア決議で「中国が国連常任理事国」となり、翌年が「日中共同声明」(田中角栄と周恩来による日中国交正常化)です。その4年後後に「毛沢東が死去」し文化大革命の指導者達は失脚します。2年後「搶ャ平が中国の最高指導者」となり「改革解放政策(市場経済優先政策)」が始まり経済が発展し始めますが、農村は取り残されることになります。その12年後には、ソ連や東欧諸国で社会主義政権の崩壊が始まってゆくと「第二次天安門事件(六四天安門)」が発生し民主化を求めるデモ隊を政府が鎮圧することになります。
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・中東は、第二次中東戦争(スエズ運河を巡る戦争でギリス/フランス/イスラエル vs エジプト)で始まります。エジプトは戦争で負けますが、国際的にスエズ運河の国営化が認められることになります。2年後、石油輸出国機構(OPEC)が設立します。4年後にはパレスチナ解放機構(PLO)が出来、パレスチナの国家独立を目指しますが、さらに3年後には「第三次中東戦争」(6日戦争ともいわれイスラエルが圧勝しますが、消耗戦として続くことになります)アラブ首長国連邦が成立します(アラブ系)。次が「第四次中東戦争」でこの戦争が「第一次オイルショックの原因」となります。その数年後、「アフガニスタン紛争」(紛争にソ連が軍事介入)が始まり11年という長期戦となります。その間、イラン革命などがあり「第2次オイルショック」の原因となります。平行して、「イラン・イラク戦争」(アメリカは反米のイラン政権を打倒する為にイラクを軍事援助)となります。
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・米国は、キューバ革命、その後の「キューバ危機」(第三次世界大戦および核戦争の危機=「ソ連全土に対してヒロシマ型原爆45万個分を投下する以外に方法はない」というルメイの言葉で始まる時代です。)また、「アポロ11号の有人月面着陸」も大ニュースでした。そして、ソ連のゴルバチョフのペレストロイカ、グラスノスチにより「世界が大きな転換」を迎える時代です。
■この時代の事象を年代順に記載します。
「キューバ革命」(アメリカ寄りから社会主義国家に変わる)、「中東条約機構(英米含む反共軍事同盟)、「キューバ危機」(アメリカとソビエト連邦による核戦争危機)、「アメリカのアポロ11号が月面着陸」、「核拡散防止条約(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国以外の核兵器保有を禁止)、「双子の赤字」(アメリカは貿易赤字と財政赤字となる)、「プラザ合意(アメリカ経済の為に円高ドル安を誘導)、「ゴルバチョフがソビエト連邦の最高指導者となる」「マルタ会談」(アメリカとソ連による首脳会談により東西冷戦の終結)
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・欧州は、人類史上、例をみない犠牲を出した大戦の経験から、争いを平和的に解決する方法も検討されました。しかし、世界は、アメリカを中心とする「西側・資本主義陣営」とソ連中心の「東側・社会主義陣営」に分かれて、勢力を競い合うようになってゆきます。東西ドイツ、南北朝鮮、南北ベトナム(米国・ソ連の代理戦争であるベトナム戦争に発展)、キューバ危機(ソ・米、核戦争の危機)もその例です。

■欧州で目立った事象を年代順に記載しておきます。
「欧州経済共同体(EEC)が設立」、「欧州原子力共同体(EAEC)が設立」、「ソ連、世界初の人工衛星(スプートニク1号)の打ち上げ成功」、「ドイツにベルリンの壁が建設される」「キューバ危機」、「欧州諸共同体(EC)が設立」、「プラハの春(チェコスロバキアでの民主化運動)」、「核拡散防止条約(アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国以外の核兵器保有を禁止)」、「ゴルバチョフがソビエト連邦の最高指導者に」、「チェルノブイリ原子力発電所事故」、「ペレストロイカ、グラスノスチ(ゴルバチョフによる政治改革でこれが世界を変えるおおきなきっかけ)」、「オーストラリアがイギリスから独立」、「東欧革命(東ヨーロッパ諸国が民主化へ)」、「ベルリンの壁が崩壊(ギュンター・シャボフスキー氏のフライング発言)」「マルタ会談(ソ連とアメリカによる首脳会談で、事実上の東西冷戦の終結)」などです。
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■1989年〜 日本はバルブ崩壊、2つの大地震。各国でテロ、9.11、リーマンショック。EU誕生、そして難民の時代。
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・日本は、 バブル景気の中、総量規制や消費税などで「バブル崩壊」、失われた10年(失われた20年)となります。世界では冷戦が終結しますが、「リーマンショックで世界金融危機」。情報通信機器の技術発展で、ポケベル→PHS→携帯電話→スマートフォンが普及します。あらゆる情報をインターネットで入手できる時代、高度情報化社会へと。(中国は検閲、韓国は親日サイト削除など言論の自由がない状態でした)。バブル崩壊の影響もあり、大手銀行・証券会社が破綻します。また、阪神・淡路大震災や東日本大震災などが発生してしまいます。この頃からSNSが出現し、今は世の中を変えるほどのパワーとなっています。今後の研究分野では「iPS細胞やバイオ燃料研究」が期待されています。

■この時代の(その後の日本を変えた)事象を年代順に記載します。
「消費税(3%)の開始」、「総量規制(バブル崩壊の原因の一つ)」、「バブル崩壊」「PKO協力法」、「インターネットサービスプロバイダ(ISP)が誕生」、「阪神・淡路大震災」、「地下鉄サリン事件」、 「北海道拓殖銀行、山一証券が破綻」、「京都議定書」、「長野オリンピック開催」、「ITバブル」、「沖縄サミット開催」、「中央省庁再編 - 1府22省庁が1府12省庁へと」、「パソコンの普及率が70%を越える」、「学校週5日制導入」、「自衛隊イラク派遣」、「日本人拉致被害者が帰国」、「インターネットの普及率が70%を越える」「郵政民営化」、「ソフトバンクモバイルがボーダフォンを買収」、「山中伸弥らがiPS細胞を」、「ライブドアショック」、「世界金融危機(世界同時不況)」、「日経平均株価が6994円まで下がる」、「日本でiPhoneが発売される(スマートフォンの普及開始)」、「北海道洞爺湖サミット開催」、「携帯電話の加入数が1.28億人を超える(総人口普及率100%)」、「東日本大震災(経済被害23兆円)福島第一原子力発電所事故(メルトダウン)発生」、「テレビ放送が地上デジタルテレビ放送へと」、「円相場1ドル75円となる(戦後最高値)」、「スカイツリー開業」、「尖閣諸島国有化(反日暴動)」 、「オリンピックの開催地が東京に決定」、「和食が無形文化遺産に登録」、「集団的自衛権の限定的容認を閣議決定(日本の転換期)」、「日中首脳会談(安倍首相と習近平主席による会談)」、「国際平和支援法案が可決(日本の転換期)」、「慰安婦問題日韓合意」、 「日本銀行がマイナス金利導入」、「北朝鮮が長距離弾道ミサイルを発射」、「長期金利(10年物国債)が史上初のマイナスとなる」、「G7 伊勢志摩サミット開催」、「アメリカの大統領(バラク・オバマ)がはじめて広島を訪問」、「初めて国内の総人口が減少」、「安倍首相とアメリカ大統領トランプとの会談」、「日本・EU経済連携協定(日欧EPA)の大枠合意」、「西日本を中心に歴史的豪雨続く」、「環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の発効」、「日本・EU経済連携協定(日欧EPA)の発効」、「退位の礼 今上天皇(平成天皇, 明仁)の退位」など。
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・中国は、香港がイギリスから中国に返還される事象で始まり、2年後マカオもポルトガルから中国に返還されます。数年後、それまで日本との関係がわりと良かったにもかかわず小泉首相の「靖国参拝で一気に関係が悪化」、反日活動・暴動が起きてしまいます。その3年後「北京オリンピックが開催」され中国は「世界の工場」と呼ばれるようになります。(この16年前に行った搶ャ平の市場経済成長政策で上昇を始めていましたが、北京オリンピック後に調整局面を向かえ、上海万博後に一段落したと言われています。)2年後、「GDPで日本を抜き世界第2位」になると国際的にも力を付け「尖閣諸島抗議デモ」が起こり、強烈な反日活動(尖閣諸島の日本の国有化に対する暴動)となります。さらに2年後「南シナ海問題」が大きくなり、その対策として中国は南沙諸島海域に人工島を建設します。その翌年頃、「中国の人民元が国際通貨」となります。
現在、国際社会での存在感を高めてきた中国の動向は、世界の重要な関心事となっています。しかし、国内では、経済格差、少子高齢化、人権問題、また周辺地域との対外的な摩擦など、さまざまな問題も抱えている状態です。最近は「共同富裕(大きな利益を上げた大企業がその利益を国民へ)」という政府の方針が世界中の注目を集めています。どうなるのでしょうか。
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・中東は、「アフガニスタン紛争」で始まります。イラクのクウェート侵攻(クウェートを併合)。そして「湾岸戦争」(国際連合 vs イラクで国際連合が勝利します)。すると、世界各地で「イスラム過激派らによるテロ事件」が発生しだし、アルカイダによるアメリカ同時多発テロ事件(9.11)に繋がります。この頃、ブッシュ大統領がイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と批判します。そして「イラク戦争」(アメリカ/イギリス連合軍 vs イラクで連合の勝利)、ガザ紛争(イスラエルとガザ地区のハマースとの紛争)、「ジャスミン革命」(チュニジアでの自由/民主化運動)、「アラブの春」(アラブ世界における自由/民主化運動)、「エジプト革命」(反政府デモから大統領が辞任)、「ISIL(ISIS)がイスラム国の樹立」と続きます。そして、アメリカなど有志国連合軍によりISIL拠点を攻撃、イラクの首相がISILの掃討作戦の完了を宣言します。最近はアフガニスタンの情勢がまた不安定になっています。
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・米国は、「湾岸戦争」で始まる時代です。「史上最大規模の航空機テロ事件「9.11」が発生し、アフガン紛争に発展します。サブプライムローン(低所得者用住宅ローン)の不良債権化が契機の「リーマンショック」が全世界に連鎖して世界金融危機となります。また、中東との争いも起こっています。

■この時代の事象を年代順に記載します。
「湾岸戦争」(国際連合 vs イラク 国際連合の勝利)、「イスラム過激派らによるテロ事件が世界各地で発生」、「北米自由貿易協定(NAFTA)」(アメリカ、カナダ、メキシコによる自由貿易協定)、「アメリカ同時多発テロ事件」(テロ組織アルカイダによるアメリカでの航空機テロ事件)、「アフガニスタン紛争」(ウサマ・ビン・ラディンを殺害)、「ブッシュ大統領がイラク、イラン、北朝鮮を悪の枢軸と批判」、「イラク戦争」(アメリカ/イギリス連合軍 vs イラク 連合の勝利)、「リーマンショック」(アメリカのリーマン・ブラザーズ・ホールディングスが経営破綻。世界に連鎖して世界金融危機となる)、「国際宇宙ステーションが完成する」、「ISIL(ISIS)がイスラム国の樹立を宣言」、「アメリカなど有志国連合軍によるISIL拠点を攻撃」、「イラクの首相がISILの掃討作戦の完了を宣言」、「米(オバマ)大統領が世界史上初めて広島平和記念公園を訪問」、「トランプ大統領誕生」、「TTP撤退」、「駐イスラエル米国大使館のエルサレムへの移転」、「同国首都としてのエルサレムの承認」、「シリアへの空爆」、「メキシコからの不法移民規制」、「パリ協定からの離脱宣言」、「イラン核合意からの離脱」、「国連人権理事会からの離脱」、「北朝鮮金正恩朝委員長と史上初の米朝首脳会談の開催」、「中国との貿易摩擦」、「人種差別問題」「トランプ氏、新型コロナウイルスの対策失敗で、ジョー・バイデン氏、大統領に」など。
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・欧州は、「欧州連合(EU)が誕生」。その後イギリスは脱退。BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)では著しく経済が発展しだします。また、ソ連・アメリカのが協力して国際宇宙ステーションの運用を開始します。

■欧州で目立った事象について時系列で記載してゆきます。
「ソ連崩壊」、「東西ドイツ統一」、「ユーゴスラビア紛争」、 「ドイツ最終規定条約(ドイツと連合国による講和条約)」、「ロシア連邦が成立」「イスラム過激派らによるテロ事件が欧州も含め世界各地で発生」「欧州連合(EU)が設立」、「欧州連合で現金通貨としてのユーロが発足」、「イラク戦争、アメリカ/イギリス連合軍 vs イラク(連合の勝利)」、「欧州連合の拡大(東欧諸国など10か国が新たに加盟)」、「欧州連合がノーベル平和賞を受賞」、「ウクライナのクリミアがロシアへ併合」、「スコットランド独立住民投票(反対55.3%で否決)」、「2015年欧州難民危機(中東などから100万人を超す難民)」、「ドイツが世界最大の経常黒字国となる」「イギリスEU離脱国民投票(賛成51.89%で可決)」などです。

■欧州では、ロシアが以前から対立していたウクライナへ侵攻します。(クリミアはすでに実効支配中)

・ウクライナイについて
1世紀の匈奴から始まって、フン族、ハザール人、バイキング、ビザンツ帝国、モンゴル軍(含タタール)、リトアニア大公国、ポーランド王国、オスマン帝国、ユダヤ人の大移動、そして最後がロシア。とにかくいろいろな民族や国からの侵略や影響を受けてきました。
結果としてウクライナの西側と東・南側(特にドンバス、クリミア地区)は「資源」「風土」「言語」「宗教」「文化」「文明」「経済」どれも違う民族が1つの国を作っています。とはいってもここ近年だけに視点をおけば戦争もなく平和な1つの国で、特に国外にいるウクライナ人は愛国心を強く感じるのは当然なことかもしれません。この点をウクライナ人の友人に聞いたところ、考えは人それぞれで、実は根深いものをかかえてるとのことでした。
国境もなく弥生時代を経て人種が固まった「日本人」という僕にはなかなか理解できないのかもしれません。方やウクライナ人は今でも自分達でナショナリズムを作ってゆくしかないという問題も秘めているように思いました。

・ロシア(P氏)について
当初ここまで独裁的でないと思われていたP氏が変わり出したのは、以下の3つが要因かと思っています。
1,2010年12月チュニジアのジャスミン革命に始まったアラブの春、この革命の裏には米国があると悟ったこと。
2,2011年12月のP政権反対デモ。この時、P氏は民主主義思想を極端に嫌い出したこと。
3,2014年2月の「マイダン革命」これがとどめでしょう。
ウクライナがEUに加盟されてはロシアへの影響があまりにも強く大変困るP氏は武力を使い、クリミア危機・ウクライナ東部紛争へと発展してゆきます。
究極は、ブタペスト覚書で、世界第3位の核兵器備蓄国であったウクライナが核を放棄したことも影響していると思います。この点は核保有国の核不拡散へ暗い影を落とす(核を持っていれば攻められなかったという論調)ことになるでしょう。
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今回、世界の歴史を簡単にまとめてみて思うことがあります。歴史とは人の記録です。時には、精神的に追い詰められ道半ばであきらめてしまった人。何が襲ってきても常に最善の抜け道を探し生き抜いた怪物のような人。中には何でも都合よく捉えフワフワと漂いながら見事に生きた強者も。いろいろな人の精神状態で判断し歴史を作ってきた訳です。
今も深刻で複雑な問題が世界的にも目の前でも起き続けています。そんな時でも、うれしいニュースや価値ある体験に接すると瞬時にワクワク物質が体中を循環します。でも、その逆は、、、嫌ですね。

ただ、僕は、この2つを海馬の錯覚ではないかと思っています。なら錯覚を自身で操ってみるのもいい手なのかもしれないと。
僕の座右の銘は「(どんな状況でも)楽しめる奴にはかなわない」という言葉です。この考えで僕はどれだけ助けられたかわかりません。ご存じかもしれませんが「デコーデッド・ニューロフィードバック」という精神疾患治療の一部を活用したものです。楽しいことをより楽しく、逆に嫌な体験を無意識のうちに消してしまう、という方法です。
具体的には、不毛なネガティブ要素が頭をよぎったら、瞬時に別のことを考える癖をつけるやり方です。経験上「瞬時の切り替え」が大切なようです。すると、いつのまにか嫌なことが頭に現れなくなります。この効果は絶大で驚くほどです。
たぶん脳内的には、まず瞬時に不毛な情報が海馬に入り、その後、大脳皮質に届き定着する前に自力で消してしまう方法だと勝手に考えています。いろいろな且つ重要な判断をしなければならい時に大きく役立っています。
ただ、生きてゆく上でどうしても立ち向かわなければならないネガティブ要素には対峙せざる得ない、これは誰も同じでしょう(^o^)。
最後に、女性の凄さに驚くことが増えました。たぶん必要悪を認めない強さと、人生・命の大切さを心から知っているからかもしれません。

以上、大変長くなってしまいましたが、個人的な忘備録をお読みいただき本当にありがとうございました。










■■参考資料および引用元■■

■■戦争記憶の風化と映画■■

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