自治体の入札資格に上記取得が義務付けされました!!

この度「ASP・SaaS安全・信頼性に係わる情報開示認定」の取得が、自治体(都道府県・市町村・特別区)や各種公共団体の入札資格に義務付けられました。今後のクラウド事業者選定の基準になります。
各種第三者認証も取得しております。
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会長の一言




お墓詣り
2019/08/17 14:33
先日、父母(実・養)達が眠るお寺にお墓詣りに行ってきました。


週末映画より「シャドー・メーカーズ」
2019/08/06 21:00

この内容も、飯田の「週末映画 https://itec.ad.jp/itec/eiga/」からの引用です。

【シャドー・メーカーズ(Fat man & Little boy)】
米公開1989年10月20日(日本未公開)(監:ローランド・ジョフィ 主:ポール・ニューマン ドワイト・シュルツ ジョン・キューザック ボニー・ベデリア ローラ・ダーン ロン・フレイジャー)

日本未公開だっただけに、こんな映画があったことすら知らなかった。
ドイツの原爆開発に負けじと、且つドイツを降伏させるために米国が作った原爆だが、ドイツは原爆を開発しておらず、またあっさり降伏してしまい利用する必要がなくなった。
最後に残った日本も、すでにいつ降伏してもおかしくない状態だった。しかし、多くの科学者達が投下を反対するなか、大きな予算をかけたこの原爆をどうしても使いたい役人や軍人がいた。オッペンハイマーも最終的にマンハッタン計画の責任者グローヴスに同意を仕向けられ「Go」を決めた。
その辺の心理的な葛藤や実験の臨場感が、みごとに表現された映画だった。
https://www.youtube.com/watch?v=AQ0P7R9CfCY

【以下は、この映画の周辺情報】
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1945(昭和20)年7月末、日本の無条件降伏を促す連合国軍は「ポツダム宣言」を発表したが、日本では「帝国政府はポツダム宣言を黙殺する」と伝えた。「黙殺する」の真意は「当面据え置く」だったらしいが、そのあいまいな解釈は「拒否する」と誤訳され、結果的にヒロシマ・ナガサキに原爆は落とされた。

その後、ポツダム宣言の説明文(バーンズ回答)内の「subject to」の解釈を、戦争を続けたい軍部は「従属する」とし到底受け入れらないと騒いだが、戦争を終わらせたい外務省は「制限の下に置かれる」と強制的に意訳し、ポツダム宣言を受諾し終戦となった。

マンハッタン計画には参画していないが、かつてアインシュタインは「Einstein-Szilard letter」でルーズベルトに対し、ウランによる連鎖反応は強力な爆弾※となりうること、ナチスが核エネルギー開発に着手している可能性があること、それぞれを手紙で示唆した。自分たちユダヤ人を迫害した祖国ドイツへの恨みもあったらしい。その手紙の情報が発端となり、シラード達が米国政府から多くの資金援助を受け、ロスアラモス研究所を中心としたマンハッタン計画が始まり本格的な原子爆弾開発につながっていった。
アインシュタインは晩年この手紙に署名したことを後悔し続けた。そして中間子論の湯川秀樹の手を取り「そもそも自分がE=mc2という公式を発表しなければ、あなたの国、広島長崎の悲劇はなかった」と泣きながら謝ったというエピソードを思い出した。

※ドイツ人のO.ハーンと F.シュトラスマンが核分裂を発見。
原子核に中性子をぶつけると2つに分裂し、分裂した原子核は両方ともプラス電荷のためものすごい勢いで遠ざかる。そこに巨大なエネルギーが発生する。これを核分裂といい、この核分裂を連鎖的に発生させ核爆弾が作られる。
無からエネルギーを生む発想や、核爆弾のエネルギー計算のためにアインシュタインの「E=mc2」は必須だった。
開発責任者はオッペンハイマーで、設計はノイマン、他にも大変優秀な科学者が数多く参加し、当時のお金で約20億ドルが使われていた。
結果的にドイツが核爆弾を開発していないと分かった時点で、開発を止めようと進言した科学者が多くあったようだ。しかし、それを無理にでも押進めたのは、あまりにも大きなプロジェクトを無駄に出来ないと思った上層部の力だったのかもしれない。
事実、トリニティ実験(1945年7月16日に行われた最初の核実験)が成功した時、多くの科学者たちは喜ぶどころか一言も声を発せず、うなだれていたと、あるドキュメンタリーで見て驚いた。
その後、ソ連でも核実験、原子爆弾開発が成功した。オッペンハイマーは、ソ連のスパイという濡れ衣を着せられアメリカを追われることになる。
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夫婦間で絶対に言っていけないこととは。
2019/08/01 20:35
それは、「相手家族(配偶者の両親や兄弟)の悪口」らしいです。
事実か事実でないかではなく、とにかく言わないことが最低限守るべきのマナーとのことでした。
特に、夫婦喧嘩の時でさえ言わないようにしている人が多かったことに驚きました。
(ちなみに僕も絶対に言わないようにしています)
これらは、熟年夫婦の方々へのアンケートの結果だったのですが、残念ながらこの情報ソース(URL)が見つからないのです。確かフランスでも同じような結果が出たようで、万国共通のマナーなのかもしれないです。

◆「WebAssembly」ならブラウザで高速にCもRustもGoも動く
2019/07/24 12:42
「WebAssembly」話題ですね。面白い記事を見つけました。

https://news.mynavi.jp/article/programinglanguageoftheworld-20/

白いカーネーション
2019/07/11 21:28

僕にはカーネーションの思い出があります。

小学校で母の日に、お母さんにカーネーションを贈りましょう、という行事があり、クラス全員に「お母さんありがとう」と札のついた赤いカーネーションが配られました。僕が小学校2年の時です。

全員に配られた時点で先生が「そうだ」と言って僕を呼びました。すると小さな声で「あなたは白いカーネーションね」と言って、すでに配られた赤いカーネーションを白いカーネーションに交換しました。僕が「なんで?」と聞くと「あなたにはお母さんがいないからね、いない人は白いカーネーションなのよ」と言いました。
その時、少し嫌な気分になった記憶がありますが、それ以上に「確かに僕のお母さんは僕が小学校1年の時に死んでしまったから仕方ないなぁ、、」と子供ながらに納得した記憶もあります。
白いカーネーションが僕一人だったので、友達は少し不思議な顔をしていましたが、その後みんながすごく親切にしてれたことを本当によく覚えています。
白いカーネーションを付けてから1つ上で体の大きい先輩が僕を見るといつも「かあちゃん死んでいないんだーっ」といって僕のことを蹴ってきました。そんな時にも友達はみんなで僕をかばってくれました。その時の友達とは今でも交流があり、本当に大切な人たちです。

僕が小学校4年になった時に、新しい母が来てくれました。
正直に言うと最初、新しい母とはうまくいっていませんでした。一緒にいるのがとても嫌だったことを思い出します。
父は仕事で遅いこともあったし、姉はすでに家にはいなかったので、母と二人のこともよくありました。僕が新しい母のことを睨んでいたこともよくあったようです。母は本当に辛かったと思います。

しかし、とてもうれしかったことがあります。それは他の人と同じく「おかあさん」と呼べる人が出来たことです。それにより1つ上の先輩も何も言わなくなりましたが、それ以上に、誰かに、お母さんはどんな人?何歳?と聞かれても、今までのように「死んじゃっていないの」と言わなくてよくなったからです。子供ながらにそれを言うことがとてもとても嫌だったのです。

そんなことがありながらも、新しい母は僕を愛そうとしてくれ、だんだんとその距離は近づいてゆきました。母には結局、実の子供は出来ませんでしたが、本当に愛してくれました。僕も母にはとても感謝しています。
母は87歳まで生き、最後はよぼよぼになってしまいましたが、晩年は「いい夫と子供に恵まれて幸せだった。いい人生だったよ、、私はいつ死んでもいいの、、」と毎日のように言っていました。そして3年前、静かに眠るように旅立ってゆきました。

今でもカーネーションを見るとその頃のことを思い出します。


義務と権利
2019/06/29 17:01
最近、義務と権利の問題がいろいろな会社で話題になっていますね。(K社やA社、他、、)
与えられた権利は当然主張すべきです。またそれと並行して義務は遂行しなければならないですね。
さて、この2つではどちらを優先すべきなのだろうか?

甥っ子の子
2019/04/16 16:52
甥っ子の子(姉の孫)が産まれました。


日本は食品添加物の数が世界一位とは聞いていたけれど、他にもこんなに世界一が
2019/03/30 0:02

日本は農薬の使用量が世界一位

日本は寝たきりが世界一位

日本は精神科病院の数が世界一位

日本は食品添加物の数が世界一位

日本はペットの殺処分が世界一位

日本は若者の自殺率が世界一

日本は残飯廃棄量が世界一位

日本の水道水の塩素濃度が世界一位

日本は家事をしない夫が世界一

日本は遺伝子組み換えが世界一位

https://otoriyosegurume0141.com/2018/09/06/worst-of-japan/?fbclid=IwAR2YKYn4wsXEO8ByUhbiX90ovfbhmnJcO2Ohu47olhGktSoRGeFyCQqpsk8

いよいよ10連休ですね。
2019/03/22 15:10
今年のGWは10連休ですね。
弊社のスタッフたちも今から楽しみにしていると思います。
こういう連休を利用して、普段の疲れを癒すことは人生の中でも重要な要素になるでしょう。
しかし、仕事によっては休めない方もいるわけです。そういう方は休み中でも世の中の役に立っているのです。つまり、また別の意味で大きな価値ある時間を社会に提供しているわけですね。いずれ大きな宝として輝いてくることでしょう。


週末映画より「2001年宇宙の旅」
2018/11/03 0:05
この内容も、飯田の「週末映画 https://itec.ad.jp/itec/eiga/」からの引用です。
過去に何度も観た映画ですが、インターステラーを観て刺激されての再観です。やはり何度観ても深く考えさせられる映画です。

【2001年宇宙の旅】(2001: A Space dyssey)
日本公開1968年4月11日(監:スタンリー・キューブリック 主:キア・デュリア ゲイリー・ロックウッド ウィリアム・シルベスター ダグラス・レイン)
プロローグの荘厳さとモンタージュおよび場面転換には度肝を抜かれた。また、モノリス(各辺が1:4:9と3つの自然数の二乗になっている四角柱で、これ自体が「超知的生命体」)には、その後、個人的に大変大きな影響を受けた。
アポロが月面着陸に成功した前年の公開ではあるが、東西冷戦(殺戮)がこの映画製作のキーワードになっていることは確かだろう。
◆以下にはネタバレも多少含まれていますので、どうかご了承ください。↓
まず、地球に人類が存在する前に、複数のモノリスを各所に設置したのは誰(何)か?それとも最初のモノリスによる進化が次のモノリスを作り出しているのだろうか?
類人猿がモノリスを発見、その後、彼らは骨を「殺戮の道具」として使いだしたのは、モノリスの影響だろうが……。
やがて数百万年の時は過ぎ、その道具はやはり攻撃目的の宇宙船(軍事衛星)に変わったと考えてよいのだろうか?月で発見されたモノリスは、太陽光に触れることにより「木星には生命体がいる」と教えていたのだろうか?それとも人類が人類を道具をして扱った結果の失敗を示唆しているのだろうか?それはHAL9000の暴走(暴走の原因は人間がHALに嘘をつかせたから)により人類が作り出したものに人類は苦しめられた結果、犯罪(ボーマンがプール達とHALを殺害)を犯すから?
次に浮かんでいるモノリスは、殺害を犯したボーマンをワームホール(惑星の誕生から生命誕生までの数十億年の過程)に落とす。しかしこのワームホール落ちは人類の失敗を知らせようとする「誰か(生物的進化の最終形である神?それとも宇宙創造の主?)」の指針なのだろうか?
快適な監獄とも思われる象徴的な白い部屋は何を表しているのか?急激に老いたのは相対性理論が関係しているのだろうか?そこに出現した最後のモノリスはスターチャイルドを生み永遠の命を人類に与えたのだろうか?スターチャイルドが、人類が既に不必要としてしまった地球を望郷の眼差しで見つめるのは何故か?永遠の命は終われない苦しみなのだろうか?それとも人類は生まれ変わりを続けることを示しているだけのだろうか?
リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき(進化や成長の瞬間に流れる)」、ヨハン・シュトラウス2世の「美しき青きドナウ(ブラックユーモアとして何よりも美しいワルツを)」、リゲティの「レクイエム(モノリスによる未来も道具を変えて殺戮が続く暗示、そして永遠の命という死ねない苦しみという暗示?)」よくぞこれらの音楽で、この映画のテーマを表現したなと……。今、考えても何から何まで如何にこの映画が素晴らしかったかを、あらためて感じてている。
ちなみに最初この映画の美術監督を手塚治虫に依頼しようとしたらしいが、手塚は忙しさのあまり受けられなかった。しかし、その翌年、手塚が制作した火の鳥(宇宙編)がこの映画に酷似しているのは何か関係があるのだろうか?
https://www.youtube.com/watch?v=nUGSMpxZNgA

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